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Stones alive complex (Baltic Amber)


「黄色い方を飲むと、治ります。
紫色の方を飲むと、治りません」

ぎりぎり白衣と呼べる限界近くまで面積が狭い白衣を着たバルティックアンバー先生の、彼女のなめらかな指が離れたこちらの手のひらには、色違いなふたつの錠剤が残った。

「あのう・・・治らない薬ってのもあるんですか?」

「ありますよ」

意外な事実を、さも当然のことな口調で答えられる。

「そっちを選ぶ人がいるとは思えないんですが・・・」

「いますよ。割と高い比率で」

意外な事実を、さも当然のことな口調で答えられるセカンド。

「その人たちって、どういった理由なのですか?」

「普通は、治ることにメリットがあるものですけれど。意外と多くのケースで、治らない方がメリットがあることに気がつく場合があるんですよ。もちろん普段は無意識下にその理由を沈めて意識していないというか、意識をしないようになさってますけどね」

「まったく想像がつかないのですが・・・
具体的に教えてもらえませんか?
その理由ってやつを?」

「具体的に説明するには、ここの紙面が足りませんね。
そうですねえ。
あくまでも例えばの話で、漠然とした説明をするのなら・・・」

昨夜観た夢を思い出そうとしているかにバルティックアンバー先生は診察室の天井をぼんやり眺めた後、キュッと目付きの焦点を絞り、それをこちらへ向けた。

「このワタシにとっては。
目の前にいるアナタの喜びが、ワタシの喜びなのですよ♥」

「わあ!それはいきなりどうも!
先生はとても良い人ですね!」

「ありがとうございます。
けれど、このスタンスは良い悪いの人格のカテゴリーではないんです」

ここで、意味深な間を置き。

「そこで。
逆にアナタに問わせてくださいね・・・」

制服のセンスも含めて好感度が高まった先生へ嬉しくなり、身を乗り出して応える。

「はいはい、なんなりと!」

澄んだまなざしにこちらの姿を映しながら、先生は言った。

「ワタシの喜びは、アナタの喜びでしょうか?」

ん?
意外な質問を、さも当然のことな口調で問われるまずはファースト。
先生の喜びが、自分の喜び?
そう思えるほどには親しくなってないけどなあ。
考えあぐねていると、そうあるべきだという義務感に似た思いは沸き起こった。
それが曇りなき本心かと突っ込まれれば、しどろもどろになりそうだ・・・
社交辞令でいいと割り切れば、なんとでも言えるのだが。

鼻の先を掻きたくなるのを我慢する。
こういう時、じわじわ内股に力が入ってゆくのは、なぜなんだろう?
あからさまにモジモジな態度で言葉をにごす。

「すいません。
正直、本音で即答ができません。
・・・
そうありたいなとは、今すこし思いましたが・・・」

それで良いのですよと言いたげな朗らかな表情でバルティックアンバー先生は、さらに問いかけてくる。

「では。今の時点でで、いいのですが。
絶対に治したいと思いますか?」

「なにをですか?」

「それを」

意外な質問を、さも当然のことな口調で問われるやはり来たかセカンド。
果たしてこれは、治したいとか治したくないとかの判断が必要な症状なのだろうか?
治した場合のメリット的なものが見えない。
治さなかった場合のデメリット的も見えてこない。
困ったことに、そんなことは別にどうでもいいことだろという気持ちから先へ思考が進まない。

目があちこちキョロキョロしたがるのを我慢する。結果、まばたきもせず、ずっと口ごもったままになった。

先生は宙ずり状態になったこの場面を切り替える意図なのか、効果テキメンな動作でその細い足を組み替え、見事にムードをほぐしてから。

「まあ。そういうことですよ・・・
そのお薬は両方ともお家へお持ち帰りくださって結構ですから。
好きな方をお飲みください」

そう言って、地母神を思わす優しげな笑い声をたてた。

ふと。
その笑顔を見ているうちに、こちらにも意外な質問が頭に浮かんだ。

「先生。もし両方とも飲んじゃったらどうなるんですか?」

今度はこちらのターンで、彼女の意表を突いたつもりだったが。

バルティックアンバー先生は優しい笑い声をまったく止めることもなく、

「うふふふ・・・その場合はね・・・」

・・・意外な答えを、さも当然のことな口調で言われる予感がした。

(おわり)

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