Stones alive complex (Pink Opal)
その月は、かなり多忙だ。
これまでの月は、真実と呼ばれるものに隠され、何も見えていなかった。
新月を境に入れ替わるシフトで毎月は、賞味期限切れの理性を放棄し、新しく巻かれるゼンマイ時計の呪文を手に入れる。
その呪文の韻には。
あなたか、それともあなたが刻む時なのか、支配されてる論理なのか、今ここにいるべき理由なのか。
おそらく今世では理解できない、何かが織り込まれている。
少なくとも、今のわたしにはそれは理解できない。
今自分で書いてるこの文すらも、理解できてないのに。
その月は、かなり多忙だ。
その多忙な月は、わざわざ夜空から降りてきて、ピンクに染まったまどろみに浮かぶ、人々の夢へ忍び込む。
駆け出しの勇者が、荒野を走っている夢。
誰かを満足させるために無抵抗な生け贄になってる夢。
果てしない海を海岸から見張り、何かがやってくるのを待ち構えてる夢。
そこには、人格の境界線か、永遠の許可か、無敵の弁護か。
かつて私たちが理解していた、自我というものの本質である何かがある。
多忙な月が唱える呪文のささやきに、呼び起こされる記憶の旅。
その道は、これからも消え去ることはないが。
月が忙しく誘いかける夢の旅は、その旅のあいだずっとあなたをこれまで見聞きしてきた、すべての現実の道から引き離そうとする。
これまでとはちがう解決法が流れつく浜辺へ。
その場所へたどり着こうと、波の音に紛れる多忙な月のささやきに耳を澄ます。
途中で虚空へ消え入りそうになる呪文につられて、消えいりそうな小道をたどりながら。
元いた浜辺の端から、まだ足跡をつけられたことがない波打ちの端へ。
「波が生まれるところは、実は何も変わっていないのだ」と言う、月の声を聞く。
いくつもの満ち干きが、あなたを通り抜けるだろう。
あなたは目覚めるべきところで目覚め、そして、夜空に還る多忙な月を見上げている。
(おわり)
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