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Stones alive complex (Pyrite in Quartz)
「60兆個の身体を持つ、ひとつの心。
もしくは。
ひとつの身体は、60兆個の心を持っています」
分散型デバッガーのパイライトインクォーツが、
情報吸着まな板の上で固定されてる魚類的な生き物の頭を、
優しく手で押さえた。
パイライトインクォーツはゆっくり喋る。
「誰しもの血中を常に巡回しているこのメンタル緑血球という心が。
分裂増殖への愛着機能に不備を起こしてて。
『生き甲斐』とか『承認欲求』とかヘビーに言えばそういう意味合いのものが、
ライトに言えば本来なら健全であるはずの『ひゃっほーい!感覚』が。
機能不備による劣化コピーの増殖に抗えずにあらぬ方向へ開き直ったはいいけれど、
結局はにっちもさっちもにコジレた悪目立ちになっています。
そこでメンタル緑血球には、大胆な修理が必要となるのです!」
メンタル緑血球、そう彼女が呼んだ魚類的なものは、彼女の押さえる手とまな板の間で。
エラに似た部分から、ぷはは!とあぶくを吐き。
透明な背ビレと似てる突き出た電極を、ぴくぴくうごめかす。
パイライトインクォーツはクラゲのエプロンで手を拭きながら、
横に立つボクに顔を向ける。
「そこの包丁を取ってください」
包丁らしきものを探してみる。
ここには、ネジ回ししか見当たらない。
「それですよ」
ボクはネジ回しを彼女に渡す。
ネジ回しをパイライトインクォーツは、
メンタル緑血球の尾ビレに慎重に差し込み、回す。
尾ビレの接続が、ガチリと音を立て外れる。
同様にして頚椎の接続を外す。
「さあ、これで。
頭部、胴体、尾ビレの三枚におろせました」
三ま・・・枚におろす?・・・いやそれは、三つにブツ切り・・・
「まずは尾の部分から修理したいと思います。
ここは『自尊心構築の環境』へと誘導する方向舵の部分ですね。
ヒレがところどころ激しく欠落してます。
ここはみじん切りにして、ポン酢であえた後、
炭水化物インジェクターで引き伸ばし、形を整えて再生します」
そして、と続け。
「このみじん切りをいかに細かく刻むかで、風味に差がでるんですよっ♥」
ふ・・・、風味?
「アナタ、みじん切りはできますか?」
できません、すみません。
パイライトインクォーツは、
困った生徒ちゃんねという表情をしながらも微笑んだ目つきを保ち「先生もできませんが」と小さくつぶやいて。
「でも大丈夫。
あらかじめスタッフが作っておいてくれたのが、これです」
テーブルの下から、別の尾ビレを取り出す。
古い尾ビレをゴミ箱に捨てると、代わりにその仕込んでおいた尾ビレを、
まな板の上にどんと置く。
「次に胴体。
ここの内部には『増殖場所へ突進せずにおられないリビドー』を司る小型のエンジンが幾つか統合されています。
それぞれのクランクシャフトの摩耗が激しいので。
再結晶させてシリンダーとの心地よい摩擦感をアジャストします」
ガスコンロの鍋の火を入れる。
「それには胴体をひと月弱、このコラーゲン汁の中で煮込みます」
煮込む?今から?ひと月弱も?
「大丈夫。あらかじめスタッフが煮込んでおいたのが、これです」
別の胴体を、どんとまな板へ置く。
さっき付けたコンロの火はさり気なく消す。
「コラーゲン汁には、お好みでパセリを振りかけください。
排気の際に、蠱惑的なフェロモンの香りが広がりますよ」
さて!と、パイライトインクォーツは。
次は大事ですよと思わせぶりに、ぱんぱん手を叩く。
「最後に頭部。
ここは『世間体的道徳観』の判断回路が入ってるとこです。
この頭部はこれまでは「どこまでも高めればいい」回路がマウントされていましたけど。
もうそれはバージョンが古いので。
「必要に応じて停止ができる」回路へと交換します。
今回は修理の効率を優先して、めんどくさい基盤の差し替えはせず、
スタッフが用意した新品の頭部に丸ごと交換しますね」
古い頭部を捨てて、新しい頭部をまな板へどんと置く。
「いよいよ仕上げの接続。
配線を間違えないように頭部と胴体、尾ビレを丁寧に接続してゆきます・・・」
ネジ回しに気合を込め、よいしょよいしょ回す。
パイライトインクォーツが各部を接続してくにつれ、
魚類的なメンタル緑血球は、ピチピチ元気に動き出した。
「はい!修理完了です!」
メンタル緑血球は盛んに、くの字に曲がったり、への字に曲がったりしている。
「新鮮ですねー。
部活でランニングする女子高生みたいにピチピチ跳ねてますねー。
では、さっそく血中に放流してみましょう!」
あのー。
その前に、ちょっと聞いていいですか?
「なんですか?なんでも遠慮なく聞いてくださいね!」
この修理は、結果的にすべてのパーツを、
スタッフが準備したパーツと総入れ替えしたわけですが。
「そのとおりですよ・・・」
先生は、分解と組み立て以外の修理はできるんですか?
パイライトインクォーツは、笑ってない目でウインクし。
「なんでも聞いていいって先生の立場からさっき言いましたけれども。
その上で、聞いてエエことと聞いたらアカンことを、察するのがデキた生徒ってものですよ・・・」
ぷいと横を向き。
メンタル緑血球を両手で抱え、彼女はそれを天井高く放り投げた。
この料理教室の・・・じゃなく、この修理室の天井を流れる血流の中へと、
メンタル緑血球は飛び込み。
何度か跳ねてウォーミングアップすると勢いよく泳ぎ去っていった。
その様子を見届けてからくるりと振り返って、
パイライトインクォーツは斜め上あたりの空中を見上げ、
弾む口調で呼びかけた!
「じゃ~また来週!
同じ時間、同じチャンネルでお会いしましょう!
修理は愛情!
メンタル緑血球クッキングでした~
ごきげんよう~!」
陽気に手を振る。
あれ?・・・今ちょろっとクッキングって言った?!
📺バイバイ(ヾ(´・ω・`)
誰に手を振ってんだ・・・?
え?
これ放送してるの?
カメラはどこだ?
(おわり)