Stones alive complex (white Labradorite)
「では。指をここに置いて、
発送者様の指紋を登録してください」
荷物チェックの担当者が、指紋登録器を差し出す。
月火ウサギのホワイトラブラドライトから聞いていたとおり、
月への荷物の発送は相当にチェックが厳しい。
指を乗せる。
ピピッと登録器から音がする。
倭人(ワニ)運輸の担当者は、チェックを続けた。
「荷物は・・・この青銅の壺おひとつですね。
送り先は。
月市、白因幡町14-14、ホワイトラビティマンション140号室・・・
で、よろしいですね?」
はい。
その通り、間違いないです!
ボクはやましいとこが無さげに、
穏やか、かつ陽気に答えた。
担当者は白因幡という住所と、
番地がピョンのピョンで、
室番号までがピョ~ン号室になってるのが気になったらしく、
不審な表情をした。
「エックス線が通らないので、念のために確認しておきますが。
この壺の中にウサギはいませんよね?
月へウサギを送るのは月植物保護条約で禁止になっています。
御存知ですよね?」
(なんで!バレバレの住所にアジトを作るんだよウサギってやつは!!)
噴き出しそうな悲鳴をボクは、奥歯あたりで折り返して飲み込む。
まったくもってウサギというのは嘘をつくのがヘタな生き物だ。
ボクはやましいとこが無さげに、
ハキハキと答えた。
この中はカラッポですよ!
ええ。
もちろんですよウサギなどまったく入っておりません!
ウサギのウすら入ってませんし、
ましてやサギなどが入る余地もありません!
壺の蓋のところを手で押さえる。
これは前方後円墳をモチーフにした壺なんです。
ただのインテリアなんですよ。
月に住んでる考古学好きの友人から依頼されて作ったんです。
担当者と会話しながら同時に、
さりげなく指先で軽く壺を叩き。
モールス信号を中へ送る。
(・・・落ち着け・・・大丈夫だ、任せておけ・・・
頼まれたとおり月へ送り届けてやるから・・・)
中で縮こまっているだろう月火ウサギのホワイトラブラドライトに伝える。
「ほう。これはインテリアなんですか・・・
でも不思議ですよねえ。
よく写真で見かける前方後円墳というのは、
普通丸いところが上で台形が下で、人型になってるのではないですか?」
そこなんですよ!担当者さん!
ボクは声が弾む!
いいぞ!話題をウサギから離せる!
前方後円墳って名前は。
前が方(四角)で、
後ろが円って書くのに、
ボクらがいつも見せられてるのは男性トイレのマークみたいなヒト型ですよね?
あれって、向きが上下逆じゃね?と常々思ってたんですよ。
名前のとおりにすると壺の形になるはずではないかと。
そんな疑問を提示したオブジェのインテリアです。
「ふーむ・・・」
担当者はじろじろ壺を眺める。
「まあ、私は考古学にはあまり興味がないもので・・・
どちらでもいいのですけどね・・・」
腕を組み、
「この壺は底の丸いところにウサギを入れたら、
耳のとこを曲げずにびったり収められる理想的な形をしているなあと思ったもんですから」
見事に図星ですよ!
話がウサギからブレねえな!担当者さん!
と、言う代わりに。
「まるで違いますよ!」と答え。
「とにかく丁寧に扱ってくださいね!
これは繊細で割れやすい作品なんですから!
繊細で割れやすい作者のハートも中に込められてるんですから!」
壺の中のホワイトラブラドライトが、
(ちょ、おま!ほのめかすような余計な事を言わないで!)
とモールスを送ってくる。
(おっと・・・すんまへん)と返す。
なるほど分かりましたと担当者は言い、
その後、語気を強め、
「かなり大昔になりますが。
うちの輸送船に密航して月へ渡ろうとしたウサギがいたんですよ。
うちの船の数を数えて正式に申請しなければならないとか嘘をつき、
運輸業監督省庁の調査官に変装してたそうです。
そして、次々にうちの倭人(ワニ)運輸の船に乗り継ぎ、
月へ潜入する作戦を企てたようでしたが。
まあ、寸前でとっ捕まって、
過激な表現があるので鑑賞は御注意的にキツめに懲らしめられたそうです・・・」
壺の中から震えが伝わってくる。
(落ち着け!じっとしてろ!)と壺を叩く。
この荷物チェックを乗り切れば!
あとは輸送船の中で見つからないように数日間じっとしていればいいだけだ!
じっとしてるのはウサギの得意分野だろ!
担当者さんは、
「ウサギは、月火美人軟膏の材料となる月にしか咲かない月火草を食べ荒らして、
どんどん人間の美人に変幻し増えてゆくので。
これ以上、月のウサギを殖やすわけにはいかないのです。
どうかここまでの入念なチェックを御理解くださいませ」
そう、ワニのロゴマークが刺繍された帽子を軽く下げる。
よし。チェックはクリアしたようだ。
担当者が、呼び鈴を鳴らした。
小学生くらいの身長で細身のお爺さんが、
倒れそうに入ってきた。
「お客様の荷物の運搬を担当する倭人(ワニ)運輸のパイロットです。
うちでいちばんのベテランですよ。
月までの三日三晩、彼がいぶし銀の操船技術で安全確実にお荷物をお届けいたします」
紹介された彼は消え入りそうな声で、
「パイロット歴82年・・・来月で強制定年になりまひゅた・・・
定年後の生き甲斐探しが不安なのでひゅが・・・これが最後のお勤めになりまひゅので・・・
精一杯がんばりまひゅ・・・」
ボクは壺の中へモールス信号を叩く!
(楽勝!
繰り返す、
月まで楽勝っ!!)
「続きまして・・・」
と、担当者さんがまた呼び鈴を鳴らした。
驚くほど筋肉隆々で大柄な男性が入ってきた。
胸筋が大太鼓みたいにとびだしていて、
顎が大きく顔の大半の面積を占め。
狭くて後傾した額から鞭のように伸ばした髪を油で固めセットしてある。
「彼は、我が倭人(ワニ)運輸でいちばん腕の立つ警備員です。
彼が月までの三日三晩、お荷物に付き添い万全に護衛いたします」
顔も首筋も腕も黒々と陽灼けしている。
日焼けの下地の上は、同じスタンプが押されたような刺青で埋め尽くされている。
彼は、野太い声で言う。
「ご要望にお応えするために、全力を尽くします!
月までの三日三晩、片時もお荷物から目を離しません!」
壺が置かれたテーブルに彼が手を置くと、鋭い軋みの音がした。
担当者さんが背伸びして彼の肩を叩き、
「ちなみに。
彼が身体中に彫っている、ウサギの顔にバッテンの刺青は、
今までにとっ捕まえたウサギの密航者の数です」
警備員は。
刺青だらけの腕を、表、裏、と誇らしげに見せ盛大に笑う。
「もう彫るスペースは、耳たぶの後ろくらいしか空いてないですなあ!!
ぶわっはっはっはあーーー!!!!」
ああ・・・そうですか・・・。
どうぞ、よしなによろしく・・・
握りつぶされそうな握力でボクに握手をしてくる警備員。
その握手の真下で、
テーブルの軋みに震わされてる壺の中から、
けたたましくホワイトラブラドライトのモールスが響いた。
(作戦中止!撤退してー!!
繰り返す!
すみやかに撤退ーしてぇーっ!!)
(おわり)