Stones alive complex (Rhodochrosite)
それは、ちまたの通説では絶滅したといわれている純心触媒植物についての絵だった。
あの当時の観念派の画家たちは、こういう伝説の花のモチーフに夢中になっていたようだ。
岩絵の具で描かれているのは。
まだどこかに生き残っているかもしれないと、その花を求めて原初の大陸を探検する七人の探検隊。
率いている隊長と他の隊員みんなが、地層に埋もれきれてない得体の知れない物体から垂直に伸びる茎と、その先に咲く巨大な赤い花を見あげている。
純心触媒のロードクロサイトは、
絵に添えてある説明文を声に出して読み上げる前に。
「これは、ワタシの肖像画とも言えるんだけど・・・」
少々気恥ずかしそうに、前置きし。
純心結晶が始まってから数千年も、ワタシはこの自分の性格(特質?)を飼い慣らしてきたのよと。
その絵を背にして胸をはり。ボクに自制の努力をアピールしてくる。
彼女が邪魔だが。
絵の細部を遠目で鑑賞する。
枯れない薔薇の茎が絡みついているのは、
養分を吸い取られた恐竜の頭頂骨だ。
地層全体が石炭となってる大陸全土に埋もれているのは、化け物じみたフォルムのその脊椎。
その長さときたら、ひとつの町を横断するほどもある。
ボクは、 絵に一歩近づき。
彼女を礼儀正しく押しのけた。
この薔薇が、この時代には、あちこちに生息していたと証明している図鑑を一度だけ見せてもらったことがあるよと彼女に告げる。
山脈のようにしなった恐竜の背骨に沿って、
危なそうな尖った三角形の背ビレが二列で並ぶ。
頭蓋骨のほとんどを占める牙は、ひとつで少なくとも東京ドーム2個分ほどはあるように想えるけれど、眼球が入っていた部分の凹みは、USJよりかろうじて大きい程度。
薔薇の花は、その頭蓋骨の2倍ほど。
いかに大きいかが、伝わるかな?
ロードクロサイトが、ボクの横に立つ。
「爬虫類から哺乳類へと支配権が移る頃・・・」
真紅の瞳を伏せ、想い出を語り始める。
「わずかな土壌の養分と太陽の光だけで。
どの生物よりも巨大に成長ができ、広範囲に種の拡散が可能な植物のエネルギー変換システムの謎について。
ひいては植物と鉱物とのハイブリットにより、衰えない細胞を造る技術について。
双方の間で、なんやかんやの争奪戦があったの。
つまり、ワタシの奪い合いね」
みんなが死にものぐるいになる価値はありそうだね、キミは。
「そのくだりは。
めったに世に出てこない種類の聖典の創世記に記されてもいるけれど。
正統の真面目な牧師さんなら、1ページ目で顔を伏せ十字を切る内容だわ」
ロードクロサイトは、その戦乱の詳細については何も言わない。
推測するのさえ難しい、途方もない規模だったろう。
並んで歩き、次の絵に進む。
「この版画は。
ウルジュア戦役における、哺乳類軍のクトゥルクトゥー女王陛下直轄の砲兵隊を讃えるものよ」
版画では、長身でイケメンの太尉が長距離砲の角度調整を指揮していた。
砲身がコンビナートの煙突ほども太い大砲は、
通天閣サイズくらいの恐竜なら、手っ取り早く片づけるのにちょうど良さそうだ。
けれどボクの興味は、その砲台機関に魅きつけられた。
複雑に組み合わさった単結晶鉱石製の歯車には、不思議な光沢の美しさがあって。
まるで、それ単体でひとつのアプリになっている集積回路なのか。
葉脈が水を通すのと同じに、微細な回路の中を電子が流れている。
奇怪なまでに美麗なタペストリーだ。
その模様のうごめきに、これまで刺激されてこなかった部分の脳を刺激されている。
「ワタシの歴史的背景が分かってもらえたところで。
何か枯らせたくないものはある?
物体に限らず、観念的なものでもいいわよ」
そう、赤く燃える瞳で直視してくるロードクロサイト。
「え?ええと・・・すぐ思いつくものは、
とりあえず二、三個ある、かな・・・」
答えるまでに時間がかかりそうだ。
血にまで染み込む透過度の高い眼差しをくらい、
ドキッとしてしまったこの気持ちと、どう折り合いをつけていいのかわからないから。
(おわり)