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Stones alive complex (Boulder Opal)


地獄の門の番犬だった、三つ首のケルベロスは。

三つの首に巻かれてる三つの首輪から伸びた鎖を、まとめて引っ張ってる騎士ボルダーオパールの歩みへまとわりつきながら、ずっとしゃべり続けていた。

ケルベロスの真ん中の頭が。
主人へ媚びる犬の仕草で、ハッハッと血よりも赤い舌を牙の隙間からたらしながら、

「まあぶっちゃけますとね。
私も魔物の年齢では六万とんで六十七歳ですが、人間でいえば齢96なんですよ。
さすがに魔界の犬といえども、いきがってた角がすっかり取れて、とても温厚な性格になりましてね。
穏やかさレベルは、パトラッシュ並なんですよ!」

と、言った。

「愛想の良さレベルはヨーゼフ並ですよ!
ちなみにハイジの犬の名前ですが」

向かって右の頭が、すましてそう言う。

「でも御主人に対する忠誠心レベルは変らずに、ハチ公並なのですよ!」

向かって左の頭が、見上げて言い足した。

ボルダーオパールは困惑気味な様子で三本の鎖を引っ張っていた。
地獄の魔王を倒してきたはいいが、魔王を倒した自分を新たな主人として慕ってくるケルベロスの習性が、普通の犬並みだった。

こんなことなら。
行きしなの地獄の門を通るところで、こいつも倒しときゃ良かったと後悔した。
ケルベロスが護る地獄の門を通り抜けるときの方法は、ネットでググれはすぐ分かり。
好物の蜂蜜パンを投げ与え、食意地がはってるこいつがかぶりついてる間に、ゆうゆうと門を通り抜けられたのだった。

なんという、セキュリティが甘すぎる門なんだ。

魔王は魔王で、世継ぎへの政権交代に分かりやすく失敗していて。

ボンボン育ちの息子が、先代の腹心の部下に反乱されるやらの教科書通りにグダグダな統治体制になっており。

魔界の将来を憂いてしょんぼり隠居してる魔王も、次世代の平和ボケ連中もみんな。
ボルダーオパールが頭上からまっすぐ振り下ろす単調な剣の一撃で、あっけなさすぎに片付けられた。

あんなに必死にこいた剣術の奥義取得や魔法修行なんかは、まったくの無駄になったのだ・・・

ボルダーオパールは、細かい顛末を思い出すたびに、歩調を早くする。
三本の鎖がピンと張れば、ケルベロスも早足になってついて行く。

完全勝利なのに、
凱旋の余韻がどこにもない!

ましてや、勝ち負けよりもだ。
オマケでついてきた、こいつ。

姿かたちは凶暴で恐ろしげな様相なのだが、連れ帰っても番犬として使えるのか?

見た目が怪物だからしばらくは恐れられるだろうが、自分で言ってるように性格は温厚そのものになってしまってる。
食い物にすぐ騙されることも攻撃力の劣化も、きっとすぐにバレて。
近所の男子小学生とかからカラシ入りのパンを食わされたりとかしてみーみー泣かされるのは時間の問題だ。

四本脚でスキップするケルベロスの頭どうしが跳ねて時々ぶつかる。その度に、見合ってにこにこしている。

襲撃を受けるまでもなくすでに陥落状態だった景気の悪い魔界から、自分だけが連れ出せてもらえたのが超御機嫌のようだ。

真ん中の頭の視線は、地上へと続く硫黄の谷の細道が目まぐるしく景色を変えてゆくのを好奇心いっぱいに追いかけ、向かって右の頭へ小声で話しかけた。

「なあ。散歩って楽しいんだな!」

向かって右が、ウキウキ応える。

「何万年も門の前にずーっと繋がれてたから、こんな遠くまで歩くなんて始めてだよ!」

向かって左が、はしゃいだ声で加わった。

「これからは毎日散歩に連れてってもらえるのかなー?」

その会話を小耳にはさんだボルダーオパールは、ぴたりと歩みを止めた。

「・・・」

散歩・・・だと?

そうか・・・

一応、犬を飼うことになるんだよなこれから。
毎日、エサをやったり。
毎日、散歩へ連れてったり。
予防接種うったり、ペットショップでシャンプーしてもらったり。

これからの犬のいる生活を、なるたけ具体的にイメージしてみた。

「・・・」

まてよ。
エサ?

こいつは頭が、つまり、口が三つある。
てーことはエサを毎日、三匹分用意しなきゃならんのか?

いやいや。

こいつら頭が三つあっても胃袋はひとつなんだよ。
だったら一匹分でいいよな?
ホントにいいんだよな・・・?
もしや胃袋の容積が三倍あるんじゃないのか?

犬なんか、ましてや魔物の犬なんか飼ったことねーから、勝手が想像できん!

立ち止まったまま、ボルダーオパールはケルベロスの方をじっと観察した。

描写しがたい緊張の糸が、ボルダーオパールと三つの首との間に張られる。

「???(^ω^)」

真ん中が、耳をぴくぴく動かした。

「???(´ω`)」

向かって右が、くんくん鼻を鳴らした。

「???(◉ー◉)」

向かって左は、大きく開いた丸い瞳で見つめ返した。

ボルダーオパールは、イナズマよりも素早いと噂があった魔王の爪をかわすため、厳しい修行の末に常人ならざる足の瞬発力を身につけていた。
せめてその成果くらい、この状況で使ってみたいぞ。
ボルダーオパールの手がわずかに緩み、鎖が擦れてチャリンと鳴った。

ケルベロスの表情のループが一周して、真ん中の頭へもどり。
真ん中の頭は、探るようにボルダーオパールへ言った。

「もしかして、そのお顔の目は。
改めて具体的に今後のことを考えてみたら・・・」

向かって右が続いて、

「なんか飼うのがめんどくさいよなっ、てことに気がついて・・・」

向かって左が続ける。

「いっそ、ここへ置いて逃げっちゃおっかなあ、とか思っていらっしゃる・・・的な、目ですか?」

ボルダーオパールは、ぼんやり光ってる地上への出口へ顔を戻し、再び歩き始めた。

(ちっ・・・鋭いワン公だな・・・)

忠実な態度でまた鎖に引かれてゆくケルベロスは、ボルダーオパールのしれっとした背中へ順番に声をかけた。

「もしかして、今一瞬・・・」

「ちっ・・・」

「鋭いワン公だな・・・
とか、思ったりしました御主人?」

(おわり)

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