Stones alive complex (Druzy Chrysocolla)
どこよりも思考統制が行き届いてる社会に押し流されながらも、
こういう異端のシステムがまだ生き残ってるって、奇跡だわとクリソコラは常々思っていた。
文明の成熟度が増すにつれ。
生きてゆく上で真に実践的なものは、なぜだか異端として国外れの樹海へ封印され、
耳障りがいいだけの非実践的なものが、舗装された大通りを闊歩する。
その国外れの樹海のさらに隅っこに、
隠されたというより取り残されたという風情で、
ヒトの彫像に似た不確定型コンピューターが設置されていた。
その管理者であるクリソコラは、
そのコンピューターのかたわらにたたずみ。
木々のスリットをすり抜けてゆくそよ風が、
草花を気まぐれにくすぐる様子へ日なが一日、眼を落とす。
コンピューターのまるで衣装となって、ボディに絡みつき生えている木や草たちは、
この物体は何なのか?
なぜ自分たちは、これに絡みついて生えているのか?
なぜいずれは、ここで枯れ果てる運命なのか?
とかには、なんら疑問をもたず、あるがままにある。
彼らには、疑問を持つという機能が与えられていないからだ。
コンピューターの頭部にあたる彫像の出っ張りには、
こう設計ポリシーが掘られていた。
『最適な疑問から導き出されるのは最適な解答ではない。
もっと最適な次の疑問である』
このコンピューターは、
「最適な解答」を導き出す計算機ではなく。
「最適な疑問」を算出するように設計されていた。
管理者クリソコラは、変わり映えしない草木の観察から意識を戻し、
おぼろげなつぶやきを漏らす。
「暇だわ・・・」
文明の成熟度が増すにつれ。
いく種類もの最適な解答が洪水のように社会に満ち溢れ、
ハイソな都心部では情報のストリームが過去に例がないスピードで大爆発を起こしていた。
文明が成熟すれば、するなりに。
その成熟さへ適応するための思い悩みも尽きないせいで、
最適な解答を求める人々は増え続けている。
そして、
その需要に対応し、最適な解答の情報も大量に供給され、増殖していく。
けれど。
最適な疑問の方を求める人は、そうそういない。
それゆえ、ここへ訪れる者もそうそういなかった。
クリソコラの足元に根ぶいてる新芽から、なんらかの強烈な衝動を呼び起こす香りが漂ってくる。
その一本へ顔を寄せて、その強い芳香を吸いこんでみる。
「何のために生きているのか?」程度の疑問ならば、
その問いレベルを含めて自分は「疑問を持つという機能」を与えられてる生き物なのだから、
存在理由くらい、そこからおのずと推して知れる。
そこからさらに先にある疑問とは何なのか?
なのよね・・・
暇にまかせて、ぼんやりと考えてたクリソコラは、はっと気がついた。
これは!この私自身が今求めるべき問いかけではないのか?!
と。
コンピューターと向かい合い、
管理者ながらもクリソコラは、問いかけた。
「私、暇なの・・・」
コンピューターは。
「私、暇がないの・・・」と問いかけても、
おそらく、同じことを返したであろう短い言葉を発した。
おそらく、必要なだけ繰りかえされる言葉を。
『そりゃまた、なんで?』
これから長い問答が始まろうとしていた。
考えて答えるコンピューターじゃなく、
考えさせて答えさせるコンピューターって、
やっぱりちょー異端よね・・・
今から果てしなく続く質問返し合戦で、
暇という問題はすぐ解決しそうなクリソコラは、
つくづくそう思った。
(おわり)