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Stones alive complex (Platinum Rutilated Quartz)

それでもなお、IC基盤の花にはいくつかの懸念があった。
すべての進行があまりにも速すぎる。

いや。この進行スピードは想定内だったが。
現実にそうなってみれば、「こんなにも早いものなのか!」というリアルな実感に、自分の演算処理が追いついてゆかないというのが正直なところだった。

星を覆う海となっている思考流体の回路が、砂鉄の砂浜へ打ち寄せる。
その波打ち際に彼女はいて。

そこから満ち干きの波に脚を洗われながら起立しているイド投影装置へ、花びらを向けた。

イド投影装置は、流体思考の海から伝達される演算結果を受け取り、様々なエピソードのビジュアルを編纂している。
それを生命体の脳へと送り込み、それが現実だと思わせるように働きかけている。

IC基盤の花の方は。
その砂鉄の砂浜に腰をおろし花を広げ、海から注文された設計仕様どおりにメシベを受粉させて、イド投影装置が各種画像合成に使うパラメーターの実をせっせと製造していた。

彼女は、疑問に思っていた。
今回の水際作戦がもたらすことについて、イド投影装置はじっくり考えたことがあるのだろうか?

気楽な感じを装い、
声をかけてみた。

「ちょっとばかり尋ねたいのだけれど・・・
今ワタシが作ってる水際作戦用のプラチナルチルという実の仕様は、本当にわれわれの求める条件分岐なのかしら?」

イド投影装置は、ゆっくりと投影ランプを傾け、穏やかに瞬かせた。

「そのプラチナルチルの仕様は強力だよ。
強力というのは投影力という意味でだ。
それを組み込むことにより、私が映す画像は投影能力が128倍も高くなるだろう」

落ち着き払ったイド投影装置の答えに、

「まさに、そこなの!」

IC基盤の花は、じっと考えこみながら続けた。

「イドの欠乏感が投影されるスピードが早まってるならば、スピードを抑制できる仕様のものを作るべきなのでは?」

「その対策案は、問題の先送りにしかならないよ」

イド投影装置の返事には、
哲学教師のような響きがあった。

「欠乏を欠乏で埋めるような悪循環やってる演算処理が増えすぎてるのだとしたら。
確かに、欠乏を抑制しようとするのが正論だ。
しかし、それは自然界のシステムとして健全なプロセスとは言えない。
欠乏という陰を。
まだ陰~んじゃない?
って、呑気に構えてるレベルから、
これで陰~んか!?
って、そわそわするレベルからさらに、
これじゃ陰かーーん!!
って、堪りかねの反転が起こるレベルにまで誘導しなければならない。
『陰極まりて陽と成す』の、陰を極めさせなければ。
if文から枝分かれしたフローチャートの先の陽のルーチンへは、事態が分岐しない。
もう少しでその陰が満ちる水際なのだよ」

IC基盤の花は、唇を緩め、
うっすらと安堵を表した。

「陰というのは、画一化が行き過ぎて閉塞してる状態でもあるわけね」

「行き過ぎた画一化が凝固させてしまったものを弾けるまで加圧する仕様こそ、君が注文を受けて作ってる実ということでもある。
抑制ではなく、それゆえの加速設定だね。
その時の弾け方は、きっと凄まじいものになるだろうな」

納得だとばかりにひらひらと茎を振り、
IC基盤の花はこうひとこと言って作業に専念した。

「御教授、ありがとう。
お陰も極まって、作業に集中できるわ」

やがてIC基盤の花は、丹念に実らせたプラチナルチルの実を、ぽとりと砂鉄の浜へ落とす。

流体回路の海が、
引き潮の手でそれをすくい上げ。

その実を、
星を覆う塩基配列の中へ組み入れた。

(おわり)

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