Stones alive complex (Roman Glass)
ビジネス街の端っこにしょんぼり建つ、夕陽に染められたとある雑居ビルの屋上で、ひとりのスーツ男が西へ向かって叫んだ。
「僕は!
会社の歯車なんかじゃ、
なぁーいーーっ!!」
腹の底から噴き出したその悲痛はコダマし、
いくつものビルの壁面をピンボールしてゆき、沈みつつある夕陽まで届いた。
夕陽からは。
スーツ男のその声へ呼応するかに、コダマとまったく同じルートを逆にたどって、魔人みたいなのが跳ね返ってきた。
「呼んだか?
この私を・・・」
スーツ男の前でふんぞり返り、
まあほとんど、アラジンと魔法のランプの魔人の背格好をした魔人みたいなのがそう言った。
「だ、誰ですか、あんたは?」
「メンタの神様!
それがこの私だ」
「メンタ?
エンタじゃなくて?」
「エンターテイメント風味に、
メンタルを語る神、
言うなれば、メンターテイメント。
それがこの私だ!」
「なるほど・・・」
スーツ男が言ったこのなるほどは。
なるほどではなく、納得しきれてないニュアンスを伝えるなるほどだった。
構わず神様とやらは、がっしと腕組みをして本題に入る。
「さきほどお前は、
自分は歯車なんかじゃなーい!
とか、叫んでたよな?」
「ええ・・・」
「ちがう!
お前は、
ただの歯車なんだっ!」
一応、神様だと名乗る存在が言い切る容赦のない言葉に、スーツ男はぐぐっと唇と拳を固くする。
「だが、よく聞け!
確かにお前はただの歯車だ!
けれど、ちっぽけな会社の歯車なんかじゃない!
いいか!
お前という存在はな。
果てしなく荘厳に広がるこの大宇宙を構成し駆動させている、ただの歯車のひとつ!
それがお前なのだ!」
日没が近い空の一角には月が輝き、隣にはキランと金星が光っていた。四方何万光年にも及ぶこの無限サイズのキャンバスにはやがて、幾多の星々の点描が描かれてゆくだろう。
スーツ男は、その大空をふり仰ぐ。
「僕は、果てしなく荘厳に広がるこの大宇宙を構成し駆動させている・・・!」
そうつぶやいてみると、壮大な規模で自己承認欲求が満たされる感じがしてテンションが盛りあがり。
続きの、
「・・・ただの歯車のひとつ・・・」
ここらへんで大がかりな前フリからディスられてる感じがして、テンションが急落するが・・・
ゆっくりした動作でメンタの神様は、彼の肩へ親しげに片手を置く。
睨みつけてはいたが、瞳の奥は暖かい。
「しかもだ。
お前のアイデンティティは、
ガラスのアイデンティティなんかじゃない!
防弾ガラスのアイデンティティなんだぞ!」
もう片方の手も彼の肩へと置き、
「さらにだ!
お前のメンヘラのヘラは、
ヘラクレスのヘラなのだっ!」
「ヘラクレス?」
「そうだ!
かの英雄ヘラクレスだぞ!」
「僕は・・・
メンタル・・・ヘラクレス?!!」
「正しくは、
メン・オブ・ヘラクレスの略で、
メンヘラなのだっ!」
「メン・オブ・ヘラクレス・・・
ヘラクレスじみた野郎ども・・・!?」
「そうなのだ!
だから、お前というやつの存在は。
ガラスのアイデンティティしか持たないメンヘラなただの歯車なんだっ!」
「それを翻訳すると。
防弾ガラスの強度があるアイデンティティを備えたヘラクレスじみた野郎どもが構成し駆動させているこの果てしなく荘厳に広がる大宇宙の・・・
ただの歯車のひとつ。
それが僕なのか・・・?」
「そのとおりだっ!!!
それが、お前だっ!
よく分かったか!」
元の素材はそのままに、
威勢を良くしただけなんじゃ?
って、異論を述べる隙も与えられず。
メンタの神様は大喜びで、スーツ男の両肩をバンバンと叩き、スーツ男の緊張した両足はしょんぼり建つ雑居ビル屋上のコンクリートへがんがんと打ち込まれた。
「じゃあな、歯車!」
(≧▽≦)ゞ
なんか大仕事やりきった感いっぱいの顔つきになったメンタの神様は、意気揚々と夕陽へ帰っていく。
はっ!とスーツ男は我に返った。
夕暮れ色だった空は、いつしか漆黒のキャンバスとなっていた。
四方何万光年にも及ぶこの無限サイズのキャンバスへガラス細工の模様で描かれはじめた大きな方の歯車である幾多の星々たちが、
メンタやたらに打ち込まれ身動きできない、ひとつの歯車であるスーツ男を天空から睨んでいたが・・・
その光の奥は、暖かった。
(おわり)
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