Stones alive complex (Iris Quartz)
こっちの現実へ単身赴任するのを決めたのは、あっちの現実で遺伝子適合テストにより伴侶となっていた人があっちの現実での仕事の方を愛していたからだ。主にそのせいだと思いたがってる自分がいる。
その人は、人類みな平等政策推進委員として、恒久平和へ人類を導く仕事に生涯を捧げていた。
伴侶のその信念に異論があるわけがない。
しかし。
あっちの現実とはかけ離れてる現実であればあるほど、並行宇宙研究員としての自分は調査のしがいを感じていた。
もっと違うアプローチで完全平和を実現した現実が、どこかの並行世界にあるのではないか?そう思ったからだ。
数えきれないほど並行に存在している現実の中から、自分だけが存在していない現実が調査機関により選ばれた。時空連続体の整合性をとるためだ。
しかし驚いた。
こっちの現実へ着いたとたん、まず何に驚いたかって・・・
呼吸可能な大気がある!
どうなってんだこっちの地球は?
惑星規模の大がかりな空気浄化システムが開発されたのかも?気密スーツに備えられた文明レベルスキャン装置で調べてみたが、そんなもんはどうやら無いらしい。スキャンでは、そういう類いのエネルギー反応がなかった。
ということは。
こっちの現実では第四次環太平洋細菌兵器戦争は起こらなかったのか・・・もしくはまだ起こってないのか・・・
気密スーツのヘルメットを外し、生まれて初めて天然の空気というものを吸ってみた。
うへぇ。
すごく生臭かった。
こっちの生活には気密スーツなどいらないんだなと、並行世界移動装置が私を送り込んだ座標のここへ脱ぎ捨てる。
恐る恐る、まったく異なっているらしい現実へと、一歩を踏み出す。
「あの・・・お客様・・・
フィッティングがお済みでしたら、元のお召し物をまた着ていただかないと困ります」
狭いコンパートメントを隠していた薄いカーテンを開けて出たとたん、スタッフというネームプレートを付けた人に注意された。
びっくりした!
初めて見る人間の顔つきだ!
規格統一された目鼻立ちの造作じゃない!
他の人間たちも驚いて私の姿にあんぐりと口を開けているが、そっちこそびっくりだ!
みんな顔つきも身長も体型もばらばらじゃないか!しかも着てる服は、みんな色合いもフォルムもまちまちなデザインで、世界政府から支給される人民制服じゃない!
なんてことだ・・・
こっちの現実では、人間の遺伝子が規格統一されていないのか?
まさかもしかして!
資本的な肌の色すらも統一されてない世界なのか?
とんでもなく危険な文明レベルじゃないか!
ということは・・・
総合差別撤廃政策は、まだ施行されてないわけだ。
もしくは・・・これからようやく長きにわたりる差別撤廃の過激なムーブメントとか、何回かの平等戦争が始まって、遺伝子操作で人類の容姿の差を無くす技術が開発される以前の文明レベルってことなのか・・・
「あの・・・お客様・・・
下着はどうなさったのですか?
せめてこれを、お腰に巻いてください。
そのままで店内をお歩きにならないで・・・
キャッ!!」
フィッティングルームと書かれた扉の横にある棚から、さっきの人が大きなタオルを慌てて持ってくる。
そして、こちらの生身を見て驚きの声をあげた。
私の腰のあたりを凝視したり目を背けたりを繰り返してる驚愕の表情と引いた声は、羞恥というより、異質の器官におびえてる様子だった。
えっ?
これ、あなたと同じじゃないの?
ええっ?
こっちの現実では性差がまだ存在してるの?
性別すらも遺伝子レベルで統一されてないのか?!
完全男女平等政策も行われてない世界ってわけ?
てことは、こっちの現実では・・・
人類は未だに、最も平等を阻害する要因になる危険極まりない有性生殖なんかしてんの?
(おわり)