Stones alive complex (Star Ruby)
デートの待ち合わせは、明日の朝10時だ。
場所は、彼女が通勤に使ってる最寄り駅の改札の前。
今は、前日の夜の10時。
ここは、その約束の改札の前だ。
深夜帰宅する通勤客たちが、ひっくり返される砂時計の砂みたいに、五分おきに改札から夜の街へと無機質に吐き出されてゆく。
その中に紛れて、彼女がいた。
こちらを見つけ、当然ながらぎょっとした表情をし、恐る恐る近づいてくる。
「ここで・・・何をしてるの?」
「何って、待ち合わせだよ」
「え?誰と?」
「もちろん君とだよ」
「え?約束は今夜10時だった?」
「いや。
明日の朝10時だ。
君の時間軸でね・・・」
時間軸って?
気持ち悪い人を見る顔つきになり彼女はそこは口に出して聞き返さなかったが、それでいい。
どうゆうこと?って意味不明さのプレッシャーを与える作戦は効いてる!
「まさか・・・明日の朝までここでワタシを待ってるつもりなの?」
「もちろんだよ。
ボクが病的に時間厳守な人だって知ってるだろ?
だから、君は寝坊しないように早く帰りなよ。
帰ったらネットでだらだら懐かしのトレンディドラマなんか観て夜明かしすんなよ!
さっさと寝るんだ。
ボクは待たされるのが大嫌いなんだからっ!」
なによ!気持ち悪い人ねっ!
待ち合わせの前に待ち伏せまでして、耳タコの説教がしたかったの?!
分かったわよ!遅刻なんかもう金輪際しないから!もう変質者みたいなマネもしないで!
口には出さないが、てな感じの意味合いが込められた逆ギレの表情となって、
「じ、じゃあ・・・明日ねっ!
おやすみなさいっ!」
鋭く言い放ち。
彼女は踵を返して駅前大通りの青点滅してる横断歩道へ、急ぎ足で駆けてった。
よし。
これで彼女の時間軸は、ひとつ横に移った。
並んで落ちる砂粒たちの軌跡を、様々な運命の可能性に分かれる時間軸に例えるなら。
真横どおしの砂粒はやがて違う場所へ落ちるが、くっついてるうちは、ちょっとした介入で隣の砂粒へと移れる。
本来の彼女の時間軸では。
遅刻魔の彼女は、明日の待ち合わせに2時間以上遅刻する。正確には、ここにいるべき明日の朝10時すぎに、彼氏から三分おきの着信履歴が残った枕元の携帯を確認して、ようやく布団の上で起き上がる。
そして。
いつもどおり辛抱強く待っていた彼氏の堪忍袋の緒がついに、この運命の場所でぶち切れ。
ふたりはそれがキッカケで、お別れすことになる。やれやれだぜ。
これがボクが調べた本来の時間軸で起こる出来事だ。
このやれやれだぜなカップルにとって、それは人生のトレンディなエピソードのひとつにしかならないのだろうが。
ボクにとってはホラー映画級の出来事なのだ!
晩年の父から、こんな事を頼まれた。
並行時間理論研究者になり、タイムマシンの開発を始めた息子のボクへ彼は、
「重度の遅刻魔で困り者だった若い頃の母さんがある時から突然、時間をきっちり守るようになったんだが。どうしてなのか未だに謎なんだ。母さんも先立ってしまってるからもう確かめようがない。お前のタイムマシンが完成したら、ぜひ調べてみてくれないか?」
と。
なわけで、両親の交際時代をタイムトラベって調べてたら自分にとっても決定的な運命の分岐点である、明日のここを発見してしまった。
父親似のボクが、若い頃の彼と瓜二つだったからこそこうしてやがて母親となる遅刻魔を騙すことができたわけだ。
父はたぶん、ボクが作ろうとしていたタイムマシンなんていう突拍子もない代物など完成するはずがないと思っていたフシがある。なので冗談半分に、そんなことを頼んだのかもしれないが。
若い頃の母親に似て、時間にルーズなボクはタイムマシンの完成が遅れに遅れ。
待たされるのが大嫌いな父との約束を生前には果たせてあげれなかった。
さてさて・・・
この時間軸の下の方に飛び移り、このささいで大きな真実を彼へ伝えて約束を果たすべきか、否か・・・
手首に装着したスタールビー・タイムドライヴコントローラーの設定ダイアルをカリカリ回しつつ、しばらく悩む。
ふと視線を感じて顔を上げると。
横断歩道の向こうで立ち止まり、こちらを変質者を疑う様子で観察している彼女と目が合った。
しっ!しっ!
睨みつけ手を振ったら。
イタズラを見つけられた子供のように自分のマンションの方角へ逃げてゆく。
とっとと家に帰って!
とっとと寝とけおかんーっ!
(おわり)