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Stones alive complex (Dumortierite in Quartz)


心臓から回収してきたここ一時間ほどの踊ってるセキュリティログを手に視床下部に座り、しばし黙る。ログへ目を通す前に、壁に開いてる瞳孔の外へと視線をさまよわせた。

その途端、自分の冷徹が逃げていくのが目に入った。正確に言えば、左側の眼球に住んでいる溺愛が冷徹を小脇に抱え鼻筋にそって通り過ぎるのが見えたのだ。

おいこら、こらこらーっ!!
Σ(゚д゚;)

焦って瞳孔の近くへ駆け寄ると恐ろしいことに冷徹を誘拐した溺愛の姿は、対面にいるエスプレッソデミタスを口元に持ってゆきかけてる人の長い黒髪へと、大きくジャンプした。
溺愛は、きゃっきゃと楽しそうなだけではなかった。
大事な冷徹を絶対に取り戻せない場所へ隠しに行く時の、自信たっぷりな足取りが見てとれた。

彼女のいかにも月の裏側から来た人っぽい黒いパウダースノーの柔らかい前髪をスノーボードした溺愛は、滑走してエスプレッソデミタスの中へとダイブする。

思わず!

「あ!そうそう!
肝心な・・・注意点を言い忘れてたよ」

時間かせぎをする。

黒髪の人は、持ち上げたコーヒーカップを手前で止めた。
しかし、コーヒーソーサーへは戻さず軽く頬杖をついて視線を返してくる。
嘘ではないけれど、注意点と言うほどのことでもない事を海馬から引っ張り出す。

「注意点・・・てのは、ね。
説明してきたこの躁耐性理論には副作用があって、
過眠症になりがちだってこと・・・」

「それはどうしてなのかしら?」

「たいていの人は、実はね。
不幸よりも幸福の方に耐性を持ってない、からだよ。
躁状態にまるで慣れてないんだ。
生物としての肉体も、過酷な環境への耐性の方を想定して設計されているしね・・・」

「デュモルチェライトが、カオスから幸福の秩序を形成するまでの、体の構造を整えたり心のプログラムを作り変えたりするのに、長時間の睡眠が必要になるかもってこと?」

「そのとおりさ・・・
アップグレードのための余分なハードウェア休止だね」

彼女は怪訝そうに、こちらを見つめた。
足の関節でも痛くなったかのように、何度も座り直しているからだ。

どうし たのですか?と問いかける間ではないので、代わりに彼女は、

「でも。
幸福の定義って、絶対的じゃなくて相対的なものでしょ?」

「ええっと・・・」

上半身は気をつけの姿勢をして、右足のかかとで左足のつま先を踏みつけ、取り戻せない冷徹の代替えとして鋭い痛みで激しい鼓動を制御する。
が、高速で脈動してる弁膜は、カオスなセキュリティログを大量に刻み込む。

「その領域になると・・・
特殊躁耐性理論のレベルになるかも・・・
その理論は・・・ちょっと・・・まだ体系化してなくて・・・
その・・・なんだ・・・ええと・・・」

こちらの言葉が途切れたきっかけで、
コーヒーカップを改めて唇に寄せる彼女へ。
色々取りまとめてすまない、と言う代わりの咳払いで誤魔化した。

(おわり)

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