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Stones alive complex (Danburite)
その階段は、どこまでも登れるかと思いきや。
雲から抜け視界が全方向に開けたあたりで突然、段が途切れていた。
前のめりに登ってきた姿勢を緩める。
数段先の階段が途切れてる場所には。
ピンク色のドレスを着た女性が座り、こちらには背を向けて、空を見上げていた。
目がくらみそうになる下方の光景へとチラリ目をやると、目玉の回転速度が上がった。
慌てて視線を立て直す。
背中しか見えてないその女性は。
こちらが登ってきてることに、気がついているような気がした。
ドレスの腰あたりのシワをばばっと伸ばして、
そわそわと背中を微妙に見栄えよく逸らしたからだ。
近づいて靴の踵でノック代わりに階段を叩き。
「あの・・・こんにちは・・・」
と、声をかけてみた。
「・・・これ以上は、ここから上へは行けない仕様って感じ?」
彼女は斜め上の虚空を見据えたまま、強めな口調で答えた。
「行けるわよ。たぶん」
「そうなの?
まるっきし行けるようには見えないが?」
「行けるわよ。たぶん」
「その根拠を、参考までに聞いてもいいかな?」
「この階段のタイトルはね。
Stairway To たぶん」
その80'sロックのネタが分かる人がいるとは思えんし。
たとえ分かったとしても、このレベルでふふっと笑える人がどれくらいいるものか。
でもまあ、あっぱれな根拠じゃないか。
しかしダジャレ任せではこっから先、にっちもさっちもいかない。
ゆったりと力の抜けた彼女のドレスが、遙か下の地面へ向かってそよぐ。
「たぶん」に謎の確信を持っているその落ち着き払った態度からは、永遠に何事も起こらなそうなこのにっちもさっちもな行き止まりですら、数分ほどは我慢ができそうな癒しがもらえそうだ。
って、どんな癒しだ?
間が持たないので、スマホで調べ物をしてみる。
⚪「にっちもさっちも」とは、ソロバン用語に由来し、漢字では「二進も三進も」と書きます。
ほぉ。
⚪「二進」とは2割る2、「三進」とは3割る3のことで、ともに割り切れ計算が出来ることを意味しています。
そこから、2や3でも割り切れないことを「二進も三進も行かない」と言うようになり、 ソロバンの玉が思うように進まず、計算が合わないことを意味するようになりました。
なるほどなぁ!
知ってた?みんな?
ふいに。
正面に浮かんでいる雲の形が、奇数で割れたように分割した。
それを待ってた素振りで、彼女は優雅に立ち上がり振り向いた。
こちらをリス系ながらも小悪魔的要素もうかがえる顔立ちで見つめる。
「言っておきますけども。
一番乗りはこのワタシ、ダンビュライトだからね!」
「なんの一番乗り?」
彼女は袖をはためかせ人差し指を雲の割れ目へと、さし示す。
「予言どおりに。
もうすぐアマゾンが、地上を覆い尽くすわ。
その前にフットワーク軽いポジションが確保できるポテンシャルへ、いち早くロックのロールで乗っとかなきゃね!」
ああ。
Stairway To たぶんのネタの時に、このマニアックな展開は予想すべきだった。
雲の濃いとこと同じ色をした純白の飛行船が、雲の割れ目の濃いとこからぬうっと姿を現した。
その階段終端のプラットホームを制するツェッペリンが、音も無く近づいてくる。
(おわり)