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Stones alive complex (Pink tourmaline)
心臓の真ん中あたりにある「心臓事業部部長室」のふかふかの椅子に座り、仏頂面をしてる心臓事業部の部長は、正面に直立不動で固まってるピンクトルマリンへ固い口調で語りかけた。
「ほんとに困るんだよ・・・
君のようなベテランが、いきなり抜けられると、うちは大変に困るんだよなあ・・・」
深いシワに埋もれる目を落としたテーブルの上には、ピンクトルマリンが昨日人事部へ提出した「転属願い」が置かれている。
ピンクトルマリンは、深々とアタマを下げた。
「申し訳ありません、部長。
けれどこれは、自分もずっと悩み抜いた末に決心したことなのです!」
部長は限りなく優しい目付きを心がけて、
「いったいこの職場の何が不満なんだね?
心臓事業部といったら、臓器の中でも花形の部署なんだぞ!
毎年の新規採用の季節には、ここへの配属を希望するライフアクティビティフェアリーたちが後を絶たない!
こないだの働き方改革により制服も廃止され、私服での業務活動も許可されたし。
快適な職場環境になるよう、部長の私も常日頃から気を配ってる。
部下の要望は、どんな事でも極力応えるつもりだ!」
「ああ・・・
確かにあの制服はダサかったですね、正直。
真ん中から赤と青のツートンに分かれたカラーリングって、心臓事業部だとは分かりやすかったですけれど・・・いったいどういうセンスなのか・・・」
「大腸事業部の全身コゲ茶一色よりはマシだったろう?!
なら君は、何が気に入らないんだね?!」
「この職場に不満はありません。
ただ・・・
自分の可能性を確かめてみたいんです!
自分には、もっと秘めた可能性があるはずだと思うんです!
もしこの転属願いが通らないならば自分は!
自分探しの旅に出ます!」
「体の中のどこ探すんだ?!
いちいち探さんでも、自分らはいつも自分の中にいるだろ!
我々がいちばん探しやすいのが自分てもんだ!」
そこそこのベテランにありがちな時期の葛藤だなあ、と言いたげな溜息と共に、部長は脈打つ血管が縦横に走る天井を見上げた。
「よそへ行っても、どこの職場も同じだぞ・・・」
「失礼ですが。
部長は他の部署での御経験は?」
「ない。
ずっと心臓事業一本で来た!」
「だったら、他での仕事がどんなものなのか、分からないじゃないですか」
ぐっと唸って部長は、正論に屈し口をつぐんだ。
しばし、ピリピリする沈黙の空気。
部長はわざとらしい咳払いをして、ピンクトルマリンの転属願いをつまみ上げた。
改めて目を通してみる。
「転属先の希望は・・・と。
膵臓(すい臓)事業部とあるが・・・」
「はい。
そうです」
「なぜ膵臓なのだね?
あそこはイマイチ何やってんだか分からない部署だぞ」
「膵臓事業部は、
臓器において、消化液を分泌する外分泌事業と、ホルモンを分泌する内分泌事業を担う部署です。
膵液を生産し、膵管を通して十二指腸内へ発送します。
この膵液は糖質を分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するトリプシン、脂肪を分解するリパーゼなどの消化酵素、核酸の分解酵素を含んでいます。
また、膵臓のランゲルハンス島細胞工場では、糖の代謝に必要なインスリン、グルカゴン、ソマトスタチンなどのホルモンを生産しています。
インスリンは、血液中の糖を使ってエネルギーを作るものです。インスリンの不足、あるいは、働きが弱くなると血液中の血糖値が高くなってしまいます。血液中の糖(血糖値)が低下すると、グルカゴンが分泌され、肝臓に糖を作らせて血糖値を上昇させます。このインスリンとグルカゴンによって、血液中の糖の量が一定に調節されているわけですね」
部長は椅子を弾き飛ばして立ち上がり、
机をばんばん叩いた!
「なんのこっちゃか、さっぱり分からんっ!
なんでそんな、訳の分からん小難しい仕事してる部署へ行きたがるんだ!
心臓の仕事の方が、単純明快じゃないか!
膨らませて縮ませて!
血液をえっちらおっちら押し出してればいいだけなんだぞ!」
部長の罵声を浴びても、ピンクトルマリンは冷静だった。
「そこなんです。
毎日そんな単純作業の繰り返しでは、自分の可能性が見いだせないと思ったんです・・・」
ふたりは睨み合った。
部長は息を整え、椅子に座り直す。
うろたえが収まらず内ポケットのタバコを探したが、タバコは業務的理由で数年前に止めたことをすぐ思い出した。
代わりに大きめの湿った息を吐き出す。
「・・・どうしても、転属する意思は変わらないのだな?」
ピンクトルマリンはなにかを思いついて、つぶやいた。
「じゃあ。
真ん中とって・・・」
ぐいと前に一歩出る。
「脾臓(ひ臓)に行かせてください!」
「余計、なにやってるとこか分からん!!
どことどこの真ん中なのかも分からん!」
「どちらかで、お願いします」
部長は、血管だらけの天をまた仰いだ。
「ふぅ。
どうやらこれ以上の説得は無駄のようだな・・・」
部長はテーブルの片隅にある承認印を力なくつまみ、朱肉へ押し付けた。
「まったく君ってやつは・・・
こうと決めたら一歩も引かないとこは、私の若い頃にそっくりだよ・・・」
「部長。
自分はその褒められ方?、なんとなく嫌です・・・」
承認印が、ピンクトルマリンの転属願いへポンという音、もなく押された。
(おわり)