Stones alive complex (Boulder Opal)
ふさぎきれない開いた口から、独特の博識がこちらの鼓膜へ染み込んでくる。近づく前の予測よりもずっとゼリーっぽい彼女の視線が押し付けられ。
「目ぇつぶったらあかんで!
魂が抜かれてまうからな!」
こういう独特の博識が、耳元で炸裂し続けてる。
スマホカメラでのツーショットは、無理無謀な姿勢を強いられる。
シャッターボタンの手前で浮かせた爪が、ホイールケーキを奇数に切り分けようとするかに似た構図取りで戸惑っているうちは、呼吸ができない。
なびいたロールの髪が鼻をくすぐり、クシャミを誘う。
こちらは。
胸のスロットに差し込んだSDカードへ、このリアルをできるだけ鮮明に記録しておこう。
彼女の自撮り用の作り笑顔。録画じゃないのにいぇーいと掛け声を連呼する作り笑い声。独特の博識だけど知らない部分はちゃらんぽらんに知ったかする態度。粉っぽい匂い。無駄に幅広すぎるベルトが突き刺さる圧迫感。ディフォルトでは半開きの唇が開閉する緩いペース。
などなどのイメージが頭上にポップアップで飛び出し縦スクロールで上へ上へと押し流されてゆけば、たくさんの明かしたことがない胸の内の想いがよみがえる。ヤマアラシのジレンマラインを超えそうだ。
「集合写真はな。
左に写ってる方から嫁にゆけんねん!」
そう張り切って右から身体を寄せ着けてくるということは、向かって左が左に写る原理を理解してはいないのか。まあでも、もろもろ大丈夫やてきっと。はよ押せやシャッター!
「大丈夫やて!、心配すんな!、約束するわ!のワードを繰り返す男は信用でけへんの!」
裏側に『立ち入り禁止』のプレートが貼ってある入室ドアのようなもんだ。
オートロックの扉がひっくり返しで設置されてるようなもんだ。
うかつに彼女のプライベートスペースへ入ったら、出られそうにない。
キメ顔がキマる待ちの間、透けてる視野の繭をひとり投げてキャッチボールしたり、ドリブルしてみたりして表情がヨレないように保つ。間が持たないので目玉のストレッチをしてるということだ。
彼女のファインダーを通してみると、人物の顔立ちは、なんでもかんでも造花のツヤになる。
不思議な高揚感の教会に拾われ、8枚組みの透明なプラズマディスクに録画されたママに育てられた。
ブラウン管越しに叱られる時は早送りしてたから、反省とかしたことがなく。
そっぽ向く優雅な顎のひねりはビンタを張られたジョニーデップを真似してた。おわかり?
根性論がシロナガスギルクジラにモリを打ち込んで、なんとか血圧が適正ラインを維持してる。
そういう幻想から逃避してこの現実へ逃げ込んでるのに、引き戻されそうだ。
ようやくシャッター音がすると。
彼女はなぜか小走りでこっちから離れ、しゃがんで写真チェックを始める。
「見たらあかんで!
アタシがまずチェックするんや!
写りがアカンのんは、グーがすぐデーターを吸い出して軍事利用されてしまうそうやから!」
どんな兵器を開発してるんだ?
ふんふんふんと陽気な鼻歌も束の間。
うぎゃぁぁぁぁああああ!と叫ぶ。
「なんでっ?
なんでっアタシが右端に写るん?
呪い?
呪いなん?」
こっち側の幻想は、いつ終わるのだろうか。
(おわり)