Stones alive complex (Fire Opal)
アタッチメントを持ち上げて、
息せき切って火炎を噴き散らかすウイングを、ファイアーオパールは腕の付け根に装着した。
ウイングは寝起きの伸びをして関節をこきこき鳴らし、ウォーミングアップを始める。
手のひらをエレガントな所作で天へと向け、
「さあ。天に広がる幸せの空へと、いざ羽ばたきなさい」
ファイアーオパールはおごそかに命令した。
『御意!』
応じるウイングの声が強ばった。
直後。
ガックン!とくぐもった音が鳴った。
そしてもう一回。さっきより大きく。
金属がきしみ、何か大切な内燃機関がしぼむプシューンという拍子抜けの音が響いた。
「どうしましたか?」
離陸準備のポーズはキメたまま、
ファイアーオパールはウイングへ尋ねた。
『これは・・・まるっきし勢いが足りない・・・』
「勢い・・・?」
ウイングは説明する。
『ワタシはアナタのメンタルエナジーを増幅して、
飛翔力を得ているのですが』
「ええ、存じてます・・・」
『その勢いが、ショボすぎるのです』
「・・・ショボい・・・ワタシのメンタルが・・・ですか・・・?」
『はい。ぶっちゃけ』
とても言いずらそうな態度はしてても、ずけずけ言う。
『とても格調高い波動なのではありますが、てんで勢いに欠けています』
ファイアーオパールはおごそかな離陸のポーズを解いて、
「それでは。いったい、どうすれば良いのですか?」
胸の前で上品に手を組み、素直に耳を傾ける姿勢になった。
ウイングは身振り手振りというか、
羽ぶりで以下のように解説を始める。
例をあげますと。
「幸せになりたい」と、
「ハッピーになりたい」、
このふたつのセリフが心に響きかける質量の違いを感じてみてください。
「幸せ」という言葉は疑いもないポジティブワードなのですが。
何度も言い古された奥底に、
どことなくこれまでの様々な体験で付着した重い澱みがぶら下がっているニュアンスでしょ?
ポジティブなはずの言霊がそれに相殺され、テンションの方向がややダウンになっているのですよ。
「ハッピー」の方は同じ意味だとしても。
軽やかで、良くも悪くも薄っぺらなチャラさがある。
そのチャラさこそが、メンタルの質量を減らすのです。
ふわっと自然に浮いてしまうようなアップテンションだということです。
ファイアーオパールは分かったような分かってないような、
やや分からない寄りの顔つきで言う。
「もうちょい具体的にお願いできますかしら?」
では。と、ウイングは提案する。
『離陸の掛け声は・・・
ハッピースカイへ!
用意!
どーーーん!!
で、いきましょう!」
おごそかとは対極なその掛け声に、
抵抗感が顔を硬直させるファイアーオパール。
それにあえて構わず、ウイングはさらに続ける。
よろしいですか?
フリも細かく説明しますよ。
まず!
「ハッ!」で息を鋭く吐いて、拳を前に突き出し!(かめはめ波の要領)
「ピィィィー!!」でなるべく自分の限界まで甲高い声を出す(お湯が湧いたヤカンの音をイメージして)
「スカイへー!」で、指で天を刺す!(知ってる世代はサタデーナイトフィーバーのキメポーズを参考に)
「用ぉぉ意っ!」ここで足首にまとわりついてる澱み的なものを引きちぎりるつもりで足踏み!
「どぉーーんーっっ!!」と、何かからダッシュで脱出するかのごとくに!飛び上がります!(エガちゃん完コピで)
(みんなも練習してみよう!)
コツは、
「よーいドン!」って言われると何をしてても思わず走り出しちゃう幼稚園時代にされた刷り込みを思い出して!
大事なのは考え方じゃなくて、
ノリ!!
考え方も現実化するけど。ノリの方がもっと現実化するんですから!
ウイングは、ファイアーオパールへ熱血指導しながら、自らのテンションも盛り上がってったらしく、
噴き散らかす炎が高熱の赤みを増している。
やってみそ、と。
その炎がほのをめかす。
なんかこんなテンションの空前絶後の芸人がいたような・・・
ファイアーオパールはそう案じつつも、自分の清純派キャラは横に置くことにした。
ファイアーオパールは、目を閉じた。
飛び上がることより、
自分のキャラを横置きでチェンジすることの方が、心の準備を必要とした。
メンタルの内部に意識を向けて、
ファイアーオパールの心はキャラチェンジに抵抗している部分を探る。
そうしていると、
心拍のリズムをランダムに突っつき、澱ませてるものを察知した。
これは・・・何?
これは・・・
・・・ワタシの羞恥心?!
その羞恥心らしきものは、
彼女の心拍がせっかく元気に生み出してる熱量を、
湿った新聞紙を貼り付けるようにして低下させていた。
その卑屈な動きを傍観者視点で観察しているうち。
ファイアーオパールは、
自分のキャラを形作ってる上品さとは、この羞恥心の反動でしかないのでは?と悟った。
勇気とよく似てるすごく前向きな感情で、ファイアーオパールはそれへ純粋にイラッとした。
すると。
ここぞの時にしか発動しない隠しコマンドのようなもんがメンタルの中心部でオンし、
静かに白熱を発する雄叫びのアフターバーナーが、その湿った新聞紙へ向けて全開になった。
瞬時に蒸発して燃え落ちる黒い破片がきらきらと長く尾を引きながら、
ファイアーオパールの横を爆風で通り過ぎ、砂嵐のような火花を雨あられとまき散らしたあと、消滅した。
まさしくそれは。
ベクトルは真逆だが、これからファイアーオパールの身にも起ころうとしていることだった。
ファイアーオパールはそのイメージが呼び覚ます衝動と完全に同化し、拳を突き出した!
(みなさんもぜひ、ご一緒に!)
ハッっっ!!
ピぃぃぃぃーー!
スカイへーっ!
よぉーーーい!
・・・!
どぉぉぉぉーーーーんっっっ!!!
三三三三└(└ 'ω')┘!!ギュオオオオオオン!!!!
・・・
体験したことのない加速Gを全身の細胞で感じた、次の瞬間。
ファイアーオパールは、空ではなく。
その先にある燃えたぎったハッピーな境地を、おチャラめに飛んでいた。
(おわり)