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Stones alive complex (Fire Opal)
ファイヤーオパールは、雲間をはるかに突き抜ける巨大な鉾を構えると、陸地の内側に引いたアタリ線の一端へ、ぐいと突き刺した。
あまたの銀河を巡り、ファイヤーオパールはその土地独特なローカル言語の研究と記録を仕事としてきたが、この太陽系第三惑星のできたてホヤホヤな国(しばらく後に葦原ノ中つ国と呼ばれる)で、天分に出会った。
生命活動を行ううちに体験するさまざまな現象事象を、この星の生命体が言語という手段で認識し伝達処理をするようになったのは、つい最近のことだ。
そもそも初期の原始的な生命体は、個体としての身体はバラバラであるが群体としては単一の意識を持っていたので意思の伝達は必要がなかった。それに他の個体へ伝える内容も、特に伝えるほどのことも無い素朴な「ワタシハ、ハラガヘッタ」か「ワタシハイマ、マンプクダ」程度しかなかった。
話はひゅんと時間をぶっ飛び。
ほぼ最終形態に到達した超高度な生命体ともなると、コミュニケーションテクノロジーの発達により、相互の意思疎通は脳内に埋め込まれたシンクロデバイスにより、言語になる前の感覚をダイレクトで伝達が可能になる。
進化が一周まわり、原初の生命体と同じく、統合されたひとつの意識体となるわけだ。
この原始的な生命体と超高度な生命体の真ん中あたりの、つまり、中途半端な発達段階にある生命体のみが言語という手段を必要とする。
そういう意味で。
言語研究者のファイヤーオパールが天分と思えるほどに、この太陽系第三惑星葦原の中つ国は、理想のど真ん中だった。
真ん中あたりの発達段階にある典型的な生命体は、雌雄に分かれて繁殖するシステムをとり始める。
コミュニケーションとは、異質な概念を持つもの同士が協調するために必要とするのであって、同質のもの同士ならば必要とされない。
原始的なものは単純な細胞分裂システムだし、超高度な生命体は子孫の生産管理を外部のバイオ工場で担うようになるのが常だ。
ファイヤーオパールは中間発達段階で生命体が雌雄に分離するのは、言語というものを生み出し発展させるためにあるのではないか?という仮説を立てていた。
単体で自己保存と種の保存がまかなえる存在は自他の協調とか対立の概念がなく、コミュニケーションの必然性がないので言語を持たねばならない理由がない。
ここに降り立ちフィールドワークを始めてから四年になるが、彼はこの土地とは不思議と性が合い、情熱をもって研究を遂行してきた。
この生まれたての土地(後に「縄文以前」と区分される)現地人たちと親しくなり、種族を超えて生涯続くであろう友情を育んできた。
親愛なる彼らはこれから。
最小単位では雌雄、最大単位では国家という概念間どうしで意思疎通の不完全さが原因での長い長い衝突を繰り返してゆくだろう、とファイヤーオパールは知っていた。
しかし、それは悲劇ではないとも知っている。
その衝突のプロセスが新たな解決の概念を生み、その新たな概念を伝達しあうために新たなコミュニケーション言語が発明されてゆく。
言語とは、自己という概念がある気持ちを思いどおりに他という概念へ伝え切れない幼年期において、伝え切れない歯がゆさの悲鳴をまき散らす、美しくも儚く、醜くも切ない、ひとときだけ輝く火花のようなものなのだ。
ファイヤーオパールはこの時期だけに散っている生き生きとした火花を採集する。
言語というものが、やがて消滅する前に。
別個の個体に分裂した別個の意識が、相互に協調を求めるときの概念として、ここから3000年ほど後に『愛』という言語が発明されることになる。
しかし、その概念はファイヤーオパールの基準から言えば10段階ある協調シーケンスの、3のレベルであった。
3以降から10までの概念が現れるには、さらに3000年の歳月を要するかもしれない。
ファイヤーオパールは、いつか親愛なるこの第三惑星の生命体が、
レベル10へ到達することを期待していた。
しかし。
宇宙原理の基本は、サバイバルだ。
どのレベルまで発達しようとも、そこであっけなく疎通不和で滅亡する可能性があり、実際にあまたの文明が消えていった。その文明たちは、ファイヤーオパールのアーカイブに言語形態の記録というストレージデーターの火花だけを遺している。
ファイヤーオパールが認識しているレベル10とは、実はこの健全な進化サバイバルに近い概念だった。
いくつかの段階を超えるために当然起こる障壁をスムーズに解決し続けてゆけば、いつの日か葦原の中つ国の子孫たちと言語を介さないコミュニケーションが取れる日が来るのも夢ではないと期待していた。
レベル10の概念。
『ひ』から『と』に至る段階。
それを表すファイヤーオパールの故郷ヒノマルトで使われてる一文字が、あった。
ファイヤーオパールは、かなりひいき目にレベル10の情が湧いてしまった第三惑星葦原の中つ国の民のため。
その一文字を、いつか理解できる時期が訪れるかもしれない彼らの後世へと伝えるべく、確実な方法を考えた。
そして、
その文字の型どおりに。
葦原の中つ国の島の周囲を鉾で削り、現在の日本列島の形とした。
(おわり)