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Stones alive complex (Rainbow Moonstone)


答えがわからない物事を相手にするときは、「なるほどの法則」に入れてしまえば、うまくいく。

まったく理解できない物事に対しては、とりあえず「なるほど」とコメントしておくのだ。
否定でも肯定でもない。
受け入れるでも受け入れ拒否でもない。
それらは対象が理解ができた上でできる、判断なのだから。
理解できないものを普通に「分からない」と受け入れてしまうと、心の仕組みは「さらに分からなくなる」の方角へ思考を誘導してしまう。

なにがいったい「なるほど」なのか?は、その解釈範囲が広大だ。自分の理解力の程度を納得した、なるほどかもしれないし、相手の言ってる声が聞こえる聴力とか見たものが見えた視力を確認できた、なるほどであるかもしれない。

――――――

借りてきた猫の手に引っ張られ、猫が導く方角へ駅前大通りを歩く。
持っている日傘が心地よい涼しさの影を落とす、猫の上に。

このレンタル日傘は、このレンタル猫のためにある。
着いた「駅」の構内に貸し出し屋があった。
この街を歩く鑑賞者は、レンタル猫が導く順路へ歩かなければならない。
それが、ここの決まりだ。

「なるほど・・・」

私は、何度もつぶやいていた。

駅前大通りは、一本隣の裏通りより狭い。
ギリギリ人とすれ違える幅の道を、借りてきた猫の借りたい手が巧みに先導してくれてるので、対向者とぶつからずに進める。

猫が止まった。
やぶにらみの細目が、これを鑑賞し感想を述べてみろと目配せをする。

高さ30メートルほどの、巨大なキャンバスが道端に立てかけてあった。
地面にはタイトルのプレートがはめ込まれていて、「市役所」とある。
これはこの街の市役所の、原寸大の絵画らしかった。

「・・・なるほど。
どこからどう観ても、
市役所市役所した見事なまでの市役所的表現だな・・・」

その地味な建物の絵の扉が開いて、中から職員らしいおじさんたちがぞろぞろ出てきた。

「なるほど・・・
彼ら、おそらくエキストラも、この作品の一部というわけか・・・
リアリティーを追求したフィクションそれが逆に、アンチリアリティーすればするほどノンフィクションの現実こそがフィクションだと訴えている・・・って、作品?」

その感想に猫は、まあまあだなと、やぶにらみの目つきをほころばせ評価する。

「なるほど・・・」

自分が適当に言って当てた感想を解説して欲しいという意味の、なるほどだ。

開いた扉の向こう側が、ちらりと見えた。
作品名「事務机」という原寸大の事務机の絵の向こうに、たくさんのおじさんたちがスタンバっていた。そこは天井も無い。ただの空き地だった。ぺらっぺらの扉は、すぐに閉じた。

借りてきた猫の手を借りて、先へ進む。

「コンビニ」
「不動産屋」
「居酒屋(準備中)」
「民家(築32年)」
「勝ち組民家(12階建5LDK)」
白いビルの絵「企業(ブラック)」
黒いビルの絵「企業(ホワイト)」
などを、鑑賞する。

大騒ぎしながら歩いてくる集団が、近づいてきた。
先頭のプラカードには、
「平和デモ(愛と自由と平等)」
と作品名が書かれていた。
すれ違う余裕がない道幅なので、もみくちゃにされながら、体感型作品として鑑賞した。
その間、猫はずっと日傘の上に避難して寝そべっていた。

「・・・な、な、な・・・
なるほどぉうぉうぉっとっと!」

「平和デモ」は、遠く小さくなった「市役所」の前に到着すると、ひとしきり奇声をあげ始め、それぞれが手に持っていた赤いスプレーで「市役所」のキャンバスに「放火」を描きだした。
「市役所のおじさん」たちが棒読みの悲鳴をあげ、扉から民度高い落ち着きで逃げ出してゆく。

「なるほど・・・」

この、なるほど、は。
なんとなく「この街」という作品を鑑賞するポイントのようなものがようやく掴めてきたかもというニュアンスの、なるほど、だ。

猫に尋ねてみた。

「この作品群の中には「警察署」という作品は、無いのかい?」

猫は元々から狭いので見分けがつかなかったが、おそらく肩をすくめただけだった。

大通り、というよりも、この壮大な作品群が展示されてる美術館の廊下をどんどん猫と進む。

また猫が立ち止まった。

やぶにらみの目が、くりくり動き輝く。
この作品こそが「この街」の目玉だぞ、と。

ちょうど自分の身長と同じ高さの、キャンバスがあった。
そこには特に何も描かれておらず、近づいてよく観察してみたら、薄いブルーに反射する壁のようなマチエールで絵の具が塗られているだけだった。

「・・・なるほど・・・な?」

猫は作品に感動したように、やぶにらみの目をしばらく閉じた後、こっちへ薄目を開ける。
感想を述べろてみろ、と。

「これは・・・壁を描いているようだな・・・
作者が表現しようとしてるテーマは・・・
自己の内向性というか内爆性だな。きっと内側へ爆発してしまうタイプだ。暴発した感情は自らの魂を蜂の巣にして、そこから謎の触手がむぎむぎと生えてくるような。
彼または彼女の表面は人畜無害にして、実の裏面は人外無比・・・
それをカモフラージュしている、壁なのだっ!」

猫は唇の端を耳まで引いてチッと鋭く鳴らし、後ろ足の肉球を作品名のプレートへ乱暴に乗せた。これを読めと。

これの作品名は、

「バンクシーが落書きしそうな壁」

バンクシーが描きそうな絵を想像して鑑賞する、壁?

なるほど・・・

この、なるほど、は普通に理解した、なるほどだ。

(おわり)

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