Stones alive complex (Moldavite)
彼の名は、ポーズ。
時間を止められる男だ。
駅前の雑踏に押されて歩いているうち彼の心に、ふつふつとヒーロー的な正義感がようやくこみ上げてきた!
「僕のこの特殊能力を!
人類のためにこそ、生かそう!」
この善良なる決意の源は、『時間を止められたらやってみたい事ベスト100』を飽きるまでやりきってしまい、このところ暇を持て余しぎみだからではない!
そうだと信じたい!
彼は強く思った。
彼は雑踏の中で立ち止まり。
誰も注目していないけれど、むしろあえて注目しないように避けて通られてるけど、拳を天に突き上げ、うおおおーっ!とヒーロー誕生の産声を上げた。
そのはた迷惑な大声へかぶせるように、
駅ビルの大型ビジョンからアラームが響いた。
雑踏が、いっせいにビジョンへ注目する。
緊張した面持ちのニュースキャスターが大写しになった。
「臨時ニュースをお知らせします!
巨大隕石が地球に近づいています!
衝突まであと10分です。
この重大なる人類の危機の情報は一年ほど前に、とっくにNASAは掴んでいたようですが・・・
各国首脳は国民の皆さんにお知らせしてもパニくるだけだし、と寸前まで公表を控えていたようです。
政府首脳は、知るのが一年前でも10分前でも、どうせ誰にもNASAすべがないでしょ?と苦しいダジャレの言い訳を発表しました。
国民の皆さんはどうか、落ち着いた対処を心がけてください!
つっても、どうにも対処のしようがないでしょうが、それぞれに思いついた気休めの対処で結構です!」
原稿をかなぐり捨てて、キャスターも放送を放ったらかして逃げ出した。
空っぽになったスタジオがしばらく映ってから、ぷつんとビジョンは暗くなった。
すると。
空のてっぺんが不気味に明るくなり、
その中央にさらに不気味な緑の光を放つ、巨大なる隕石が現れた。
雑踏は、きゃああああ!と下手なコーラスで悲鳴をあげる。
「来たーっ!
いきなりのヒーローチャンスが!
小説みたいに都合よく!」
ポーズはニヤリと、
ヒーローが悪党を追い詰めた時に見せるドヤ笑いをして・・・
時間を止めた。
あたりの景色の動きが、ピタリと止まった。
みんな揃って限界まで顎を広げてる雑踏も、
派手に明滅してた駅前のネオンサインも、
渋滞でごった返す駅前ロータリーの車列も、
駅に入ろうとしていた列車も、
そして問題の隕石も、
その場でピタリと止まった。
よしっ!!
停止した時間の中でひとり動けるポーズは、誰も見てはいないけど、誰も見ることはできないけど、孤高のヒーローぽいガッツポーズをした。
・・・
「さて。
これからどうしたらいいんだろ?」
ずっと隕石を見上げてるポーズのその独り言は、周辺の空気も止まっているので音にならず、彼の声帯まわりの空気だけを振動させた。
隕石の落下を止めたはいいが、
止めただけで、消せたわけではない。
時間と問題は止まっているだけで、消えたわけではないのだ。
ポーズがこの時間停止を解除すれば、
隕石は再び落下を始め、人類は再びパニくりだす。
うう・・・
こっから先は、どうしたらいいんだ?
そんな新米ヒーロー、ポーズの右肩を後ろから掴む者がいた。
「ふふふ。かなり手間取ってるようだな。
お手伝いしようか?」
これは・・・
骨伝導!
掴まれた肩から、後ろにいる誰かの腕の骨を経由して先輩口調の声が伝わってくる。
「俺の名は、ファーストフォワード。
時間を早送りできる男だ!」
おお!それは助かる!
・・・って、助からねえじゃん!
早送りしてどうする!?
この状況じゃ使えねえぞ!その能力は、先輩!
ポーズの左肩を別の男が掴んできた。
「お困りのようだな、おふたりさん。
俺の名はゴーバック。
時間を巻き戻しできる男だ」
巻き戻しなら、まだマシだぞ!
一気にこの状況を一年ほど巻き戻していただいてっと!
・・・って、問題を巻き戻してるだけで、なんら問題の本質は解決していないような・・・
中途半端な時間稼ぎにしかならないような・・・
「俺に任せてくれないか!」
また別の男が現れたようで、
ファーストフォワードかゴーバックの肩を掴んだらしく、ひとり挟んだポーズのところへ伝わりにくく骨伝導が伝わってきた。
三人目の能力者が名乗った。
「俺の名はプレイ。
時間を標準スピードで進められる男だ!」
・・・それって。
能力なの?
ポーズと、ファーストフォワードと、ゴーバックと、プレイは。
仲良く固まったまま骨伝導を使って対策を相談しあい、満場一致の結論に達した。
これは!
時間の問題じゃあ、ない!
そこへ、
ポーズの正面から、ひとりの女が雑踏の隙間をぬってしゃなりと歩み寄ってきた。
ポーズの前にかっこよく立ち、片手でポーズの顎を姉御っぽく持ち上げた。
「ようやく、このワタシの出番らしいわね、坊やたち・・・」
その女の気合い入った爪が、ポーズの両奥歯へと食い込む。奥歯から骨伝導が・・・
「ワタシの名は、
イジェクト。
このDVDを取り出せる女よ!」
(おわり)
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