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Stones alive complex (Dioptase)

回路基盤にハンダ付けされた集積コンデンサたちが積み重ねてきたレンガのロジックは、
まだ完全には統合されてないパッチのせいでビジュアルとしては古びた階段になっている。
生態系としては健康的、人道的にはやや野蛮な段差幅の設定だ。

ダイオプテーズは、電子知性が存在する世代の恵みに助けられ、それをるんるん登ってゆく。

逃げ足が早い土曜日が、ダイオプテーズを左目の隅に一瞥して、ぶっきらぼうに追い越すあいだ、
暖かい画面タップのポチポチ音で、共有の拍手がダイオプテーズに送られ続けた。

ダイオプテーズは気圧を調整する電圧の揺らぎを感じ、拍手に値する自己評価を受け入れて、
交互に持ち上げる足の一歩一歩の勢いが昇圧する。

途中。
生体磁場プログラムとしては極めて異例なこの階段の、
中ほどに座り込んでる、なんらかの戦いを休戦してる様子の女性を見つけた。

力なく、なんらかの秘めた期待を表情筋で描いた微笑みをダイオプテーズへうかべ、
かぶりを振りながら、自分へ向けては、なんらかの秘めた期待が空振ってる状況を表現し、
そのなんらかの秘めたふたつの期待の、秘め要素だけが効果を発揮してるせいで、
どんどん彼女の姿は透明になってゆく。
このアップデートの階段から秘められようとしてるんだわ、とダイオプテーズは推理した。

この秘め要素を例えで説明するなら。

「恋に落ちる」という言い回しがある。
この「落ちる」には、秘められたなんらかの堕落じみた雰囲気が含まれてる。
「落ちる」と思えば、危険な落とし穴を連想してしまい警戒心を呼び起こす。
せっかくのウキウキ気分なのに、どこか蠱惑的に「落ちてしまってる私」の表現から想起されるうっとりした誤解が、落ちとっちゃあかんで!と無意味なアラームを並行してみぞおち付近を鳴らすのだ。
人はコントロール不能な感情を恐れる。

「天にも登る気分の恋に落ちる」って、
そもそもから言葉が持つコントロールのベクトルが混乱している。
上がってくのか?下がってくのか?
警戒すべきなのか?すべきじゃないのか?

なぜ?そこのどっちやねん性をきちんと整頓し、
「恋に登る」とシンプルに誰も言い変えないのか?

そういった、ささいな行き違い感覚が蓄積された無意識下の消耗戦に、
一時的な妥協バランスがある段階の階段の段数のとこに足をとられている。

言霊力学の理論上でも、ここら辺からこれ以上登れなくなるのは明白な計算結果なのだ。

ここの段数へ介入するかしないかの判断材料が得られる分だけ、
とりあえずダイオプテーズは間合いを詰め、熟練の手腕でその女性のそのどっちやねん振動数を観た。

熟練とは言っても、決められた手順があるわけでもなく。
むしろ決まった手順を持つべきではないアドリブの技が熟達していた。

階段の端寄りに切ない角度で膝を抱え、
「肩を登らせて」いるその女性に、
ダイオプテーズは間合いをとりつつ、近づく。

立ってる人の気分が凹んでる時は、
「肩を落とす」という表現になるけれど。
やってみると分かるが膝抱え座りのまま肩を落とすのは肉体の構造上、無理だ。
座って凹むと、肩は登って首がその間にめり込む。
なので。
彼女は、がっくりと肩を登らせている。

シチュエーションに見合う可愛さが詰め物された肩へ唇を寄せて身をひねり、
こう、か細く言った。

「お願いです。上の階へ連れていってください・・・」

この女性の可憐な仕草さにほだされて、すぐ恩人として名乗りでると思いきや、
ダイオプテーズは、安易にはうなづかず。
如才ない緑色の瞳を半眼にして、小柄な身体をその女性の手が届く手前で止めることで挨拶代わりのようなものを返した。
短くまとめた髪の耳元のほつれを整え、

「一言だけツッこんだ後、すかさず自己完結する話をしていいかしら?」

もうすぐ多様な行動様式の激しい日曜日が、
ランダムに階段を駆け上がってくる時刻だ。

のんびりと事情に耳を傾けている余裕は、あまり無い。

彼女が身を預けてる階段の手すりは、湿気で水滴をたたえた苔跡のある大理石で、
その上にはメッキの剥がれ具合が有難みを高めてるキュービッド像があった。
RPG好きならセーブポイントであることが見た目からすぐ分かりメニューを開くはずだ。

ダイオプテーズは、早口で話した。

「アナタは、『安定』や『平穏』という意味合いで上の階にある幸せを目指して登ってきたと思うんだけど。
ここより上の階にあるのは、感情回路基盤の試作と動作テストの繰り返しなのよ。
いわば。
必要最低限度だけコントロールされたコントロール不能状態のシュミレーションエリアね。
される側になるか、する側になるかは考慮しないといけないけども、
その永遠なる試作感情に恋しないと、この階段は元気に登れないわけよ。
コントロール不能への恐れじゃなく、憧れなの。
とは言うものの。
なんらかに秘めた程度の救済案なら提示してあげられるわ。
コンパクトな圧縮ファイルになってくれたら、
ワタシの『型破りアイテムフォルダ』に入れてってあげる」

その返事を待つことなく。待つ理由もなく。
完全に透明になる前に、
ダイオプテーズは、手早くその女性ごとジレンマ振動を圧縮してファイルにし、
腰の脊椎階層から開いていった最奥のフォルダへ小指を使ったショートカットで移動した。

それからダイオプテーズは、しばらくは後ろ向きで器用に足を繰り出し、
そこの段数の位置を感慨深く眺めながら、
さらに意気揚々と階段を登り始める。

(おわり)

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