Stones alive complex (Andesine)
仮想通貨のビットは、仮想通貨Gメンの部下をふたり引き連れ、容疑者の屋敷へ仮想覆面パトカーを乗りつけた。
容疑者の仮想屋敷は仮想郊外の、目立たない閑静な仮想団地にあり。
ひと塊となった同じようなデザインの建物が数珠繋ぎに並んでいるので、ビットはタイムスタンプを再度確認すると、ヘッダーリンクから容疑者の屋敷を特定した。
その屋敷の芝生には仮想の草が、
wwwwwwwwwwwと、
みっちり生い茂っていた。
足音を消すために芝生をつたい、玄関へと忍び寄り。
手練の部下であるブロックとチェーンを、戸口の両脇へと配置する。
愛銃の仮想アンデシンマグナムをホルスターから抜き、ビットは両手で構えた。
これの回転式弾倉には仮想の弾しか込められていないが、その制圧力は驚異的だ。
引き金を引くたびに、ばん!ばーん!と撃った音で相手にアピールすれば、撃たれた者が撃たれたと思ったら自己申告の悲鳴をあげて倒れるルールになっている。
この仮想通貨の国では、同調圧力に従うそんな阿吽の呼吸が絶対のルールであり、これこそがここでの不可思議極まりない治安を守っている。
さあ。
容疑者逮捕のスタンバイは、できた!
ビットは、ブロックとチェーンへ小声で指示を出す。
「1、2の3!
の掛け声で突入するぞ・・・」
部下のブロックは聞き返した。
「チーフ、確認しておきたい。
3って言い始めたら突入するのか?
3って言い終わったら突入するのか?」
ビットは答えた。
「それぞれの判断に任せる!」
もうひとりの部下のチェーンは、ブロックの質問を補足した。
「いいのか、チーフ?
仮想通貨の世界はコンマ何秒かのタイミングのズレで、高騰したり暴落したりする。
相場が揃わなければ命取りになるかもしれないんだぞ?」
ビットは、
「構わない。
しょせん我々デカは、しがない仮想の命だ。
バックアップなら分散してとってある」
そう毅然とした声で言い終わると。
「いち」の「い」の形に口を開けた。
その時。
仕立てのいいスーツを着込んだ紳士が、彼らの後ろからつかつか歩み寄ってきて、
「ちょっと皆さん失礼いたしますよ」
そう告げると、戸口を激しくノックした。
「金子さーん!いらっしゃいますか?
金子さーーん!!
今日という今日こそは!
神の存在を信じていただきますよーっ!」
どんどんとノックの音を大きくしてゆく。
あっけに取られていたビットはようやく我に返り、その紳士のノックを制した。
「ちょっと、
あんた誰ですか?」
「ワタクシは過剰仮想教会から布教に参りました、過剰仮想神の御使いです。新興ですけれどね。
あなた方こそ、どなたですか?」
「我々は容疑者を逮捕しに来た。
仮想通貨Gメンだ」
「えっ?
金子さんを逮捕しに?
いったい金子さんがどんな罪を犯したのですか?」
「おおがかりな『資金脱水』の容疑が、かけられている」
「『資金脱水』って?」
「公へは明らかにできない仮想の裏金を資金洗浄した後に、遠心力でぶんぶん脱水することだ。資金日干し乾燥の前工程だな。
それのどこが法に触れるかは、我々も詳しくは知らない。
今から32分前にできたばかりの罪状なのだ。
ここでは分単位で新しいシステムが生み出され、それを取り締まる仮想の法律がすぐ制定され、すぐ改定されて、すぐ撤廃されてゆく。
撤廃されてしまう前に仮想ででも逮捕しとかねば、そんなハイペースには到底ついて行けないのだ」
「そうなのですか・・・
あれほど、罪を悔い改めよ!神の救いを信じろ!さもなくば裁きを受ける!と金子さんへしつっこく説き続けてきたのに、結局間に合わなかったのですね・・・」
紳士は、再び戸口をノックし始めた。
「金子さーん!
今からでも遅くはない!
悔い改めて神へ許しを請えば、
神は百ぱ~許してくださいますよー!」
「待て待て!遅くはないは、ないだろ!
許されんだろ!
我々が、仮想逮捕して仮想裁判にかけるんだ!
こちらサイドの事情で、可及的速やかに罪を償わせねばならない!」
なんですって?!!
許されんだろですとおー?!
両手をめいっぱい広げ、手のひらと顔で天からの啓示を仰ぐような神がかり的アクションで紳士は驚く。
「まさか!
あなた方も神の存在を信じてないとおっしゃるのですか?!」
ビットは、うっと口ごもってから答えた。
「けっこう信じてる・・・っぽい?」
ビットに横目でチラ見されたブロックが答えた。
「割と信じてる・・・寄り?」
ブロックに横目でチラ見されたチェーンが答えた。
「かなり信じ・・・かけ?」
仮想の三人は神どころかそもそもからして、自分らを構成する概念である仮想通貨というものすら、はっきりとは理解ができてなかったので自己存在レベルから信じ切れてはいなかった。
仮想って、妄想とは違うのか?
仮想通貨である彼らは、
自分自身は誰かの妄想の産物だと思っている。
この仮想の世界では、
確かなものなど何も無い。
不確かなものすら何も無い。
その何も無いということ自体は確かなのか?すら不確かで、その点は確かっぽかった。
実相の通貨の場合でも、
同様の理(ことわり)なのではないのか?
自分とは何か?すらも、確かなようで不確かなまま、あらゆる確かなようで不確かな思考や事象や物体が秒単位の目まぐるしさでしれっと今も流通を続けている。
ともかく!
「我思う故に我あり」だ!
その有名な言葉の意味も実はよく分からなかったが。
答えの出せない葛藤が起きた時は、意味が不明でもなるべく説得力があるように聞こえる決めゼリフで自分を言いくるめるのが確かな方法だ。
ビットは紳士に、逆に問うた。
「しかし。
悔い改めればホントにアンタの神に許されるものなのかね?
もし許されなかった場合、
許されるよと教えた者は、偽証罪を問われることになるのではないか?」
「それは違いますね。
『悔い改めれば許される』と言っちゃった罪でさえも、すぐに悔い改めれば許されるのですから。
それもまたこの世界を支えている、普遍のルールなのですよ」
「とことんそっちサイドに都合よくできてるルールなんだなっ!」
むしろ、
こいつにこそ銃を向けるべきなのでは?
ビットとブロックとチェーンは偶然にも同時にそう思った。
「あのーう!」
どこからか、誰かが声をかけてきた。
お隣の窓から、奥様らしき女性が、
仮想前のスッピンな顔を突き出して衝撃的なことを叫んできた。
「金子さんなら昨日のうちに、現金化されましたよ!」
なんだってーっ!
くそう、ひと相場遅かった・・・あっちに逃げられたか・・・
ビットとその部下はうなだれ、銃をホルスターへ収めた。
紳士も、がっくりと肩を落とし。
胸の前で十字を切る代わりに、
『$』のマークを描いて冥福を祈った。
(おわり)