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Stones alive complex (Pink Tourmaline)
思うところあって一週間ほど前に買ってきた金魚は、いつも水面で小さな口をパクパクさせている。
酸素供給器は高性能なのがフル稼働してるし。
気持ちのいい水草も、水槽の底にはトルマリン製のエレガントな住処も入れてある。
なにしろ金魚の生態に関しては自分は誰よりも詳しいのだ!
なのにパクパクを止めないとは?
そんなに腹がすぐ減るのかと、しょっちゅうエサをやっているのだが、残らずエサを食い終わったらまた水面で口をパクパクする。
なので。
出勤前で時間の余裕がない朝でも、こうしてエサやりに忙しいわけ。
日々ぷっくらしつつある金魚は、水槽の上からふりかけたエサを残らず食い終わると、いつものように水面に口だけを突き出した。
パクパクパクパク!!
今朝はパクパクアピールがいつもより激しいなあ、とじっと見てたら。
「がのぅ・・・だだじのばなじをぎいてもらえばぜんがーっ?!!」
小さな口から出せるマックスの音量で、金魚が声を発した。
「え?なに?
今、なんつった?」
水槽へ耳を近ずける。
「あ・・・あのう!アタシの話を聞いてもらえませんか?
と、言いました!
よっしゃ!やっと言えた!
言葉を話せる構造には、まるでなってないのよね金魚の口ってばさ!
一週間のリハビリの成果がようやく出せたわ!」
毎日のパクパクは、リハビリだったのか・・・
金魚は堰を切った勢いで喋り始めた。
「私は就活中の女子大生だったんです!
ぶっちゃけ全敗対策の万が一用で、あのペットショップへ面接に行ったんですけどもぉ。
面接の人から『好きな動物は何ですか?』と質問されて『強いて言うなら金魚ですかね・・・』って答えたとこまでは覚えているんですが、気がついたら金魚になって値札付きの水槽の中で浮かんでいたんですぅ!」
「そうか・・・それは大変な目にあったね・・・」
水槽へエサを追加する。
金魚は水槽の中を泳ぎまわり、残らず食べるとまた水面へ戻ってきた。
「むっちゃうまーーいっ!
金魚のエサがこんなにも美味しいだなんて金魚になる前は知りませんでしたー!」
無邪気な発言に、少しふっと笑ってしまう。
「な?金魚の生活も、そんなに悪くはないだろ?
呑気に泳いで愛想をふりまいてるだけで楽に生きてゆけるんだぜ」
金魚は体と一体化してるので、体全体で激しく首をふり、
「何を言ってるんですか!
私は人間に戻りたいですよー!
何とかしてくださいませんか?
お願いします!」
お願いされてもなあ・・・
ふと時計を見る。
おっと!やばい!
「悪いが会社へ行く時間だ。
この話は、後ほどということで・・・」
金魚は水面から軽くジャンプして、水を跳ねた。
「なんなんですか!
さっきから!
アタシの衝撃的なカミングアウトに対してリアクションが薄すぎますよね!ぺらっぺらですよね!
もうちょっと親身になって心配できないんですかっ!?」
その苦情を片耳で聞き流しつつ、書類がパンパンに詰め込まれたカバンを持つ。
「そっちのなんやかんやの話は、会社から帰ってきてからにしてくれないかな。
今日は月間ノルマ達成の期日なので得意先を光速で回りまくって、とっぷり日が暮れてから社で実績報告をして、上司から叱咤激励という形の八つ当たりを日付が変わるまで受ける予定、などなどが数秒の隙間もなく詰まっているんだよ」
金魚は大人しくなり、水面で揺れた。
「そうですか・・・
アナタの事情も、なにかと大変なんですね・・・」
「まあね。
だーいぶ、この生活にも慣れてきたけどな。
そういうことで。
帰宅は深夜になってしまうが、君の話は必ず親身になって聞いてあげると約束するよ。
その後でいいから、
売れ残りの金魚から人間にされてしまった者の苦労話も、親身になって聞いてくれるかい?」
(おわり)