Stones alive complex (Brookite in Quartz)
自意識が鞭打たれる足音がして、
かなり乱暴にそれは、登場した。
背後へ、にぎやかに螺旋切除系の羅刹が現れたのを察したブルッカイトは、
陰陽師と整体師を足して2倍した感じの仕事に携わる者に許されてる可愛さの許容範囲を突破した笑みをする。
けれども振り向かない。
この羅刹は、
ブルッカイトの有り様を対極にした相手。
すなわち驚嘆すべき依代人間の身体構造の特徴を内側から観察したものを、
アナログ感覚のインクでプリントしたタトゥーを全身に入れている。
切れ味シャープそうなトゲ模様の背中から、斬り抜きやすい湾曲をした脇腹までの、
いかにもな主張をしてる鉄色と黄銅色の図形で、そこの清浄な空気を歪めた。
喜怒哀楽の場面がローテーションする絶え間ない速度が日々単位で増してくこの御時世、
彼女が先の尖ったトゲ模様をざわざわ揺らす度に、世間は安定に飢える。
ブルッカイトでも、このクラスの妖気には、出会ったことがなかった。
どこかの寝不足で朦朧としたストレスパンチドランカーたちの誇大妄想が、
ついに集約して見事にこんな夢魔をおびき寄せたわけだ 。ここには自戒が込められてもいる。
鉄色の吐息と共に羅刹は、
行き場のないチャレンジ精神と置き場所が定まってない自己評価について収まりつかず、
芭蕉扇をジュリアナの振り付けでパラパラする。このフリ、古すぎる。
たぶん、ブルッカイトの背中に向けて彼女が言いたいのは、
そろそろバブルクラッシュの本質的な仕掛け人たちを狩りましょうぜ!ということだろう。
羅刹は、その種の狩猟の腕前については有名で、
民の本心からの咆哮を愛し、自制心の名刺を落とすのを合図にターゲットの頚椎へ的確に噛みつく。
羅刹が、扇の風で高圧にそそのかしているその事は、もっと深読みすると。
仮に自分の知性でもなく、品性にも関わるものでなかったとしたら、
そこらにはびこってるミスディレクション屋どもの何人かは、
とっくに地面と平行な角度で平たくしてやり、
プログレッシブなヘブンへ昇るステアウェイにしていたと。
けれど、そうする代わりに。
そういう七転八倒のエキサイティングな性質をクローゼットの棚に隠し、
愛のミルクと執着のコーヒーを混ぜたカフェオレなぞを寝る前にたしなむ生活態度に逃避していた。
が。
今や、羅刹の胸の内にいる敏腕弁護士が心拍を叩く正義感は、肋骨法廷を突き抜け。
自分自身を、ここまで盛り下げてきた自分の姿は、自分で見るだに恐ろしいほどだと。
第三者的な視点の陪審員の方は、それを楽しんでいるけれど。
羅刹の膨れすぎた自制心の行き違いが作るマトリックス構造の血管が、手の甲に浮き。
ブルッカイトの背筋へ体温だけの抱擁として接する。
ここでもしブルッカイトが振り向けば、
帰依した事を証明するマークが刻印されてる喉から続く顎の上に、
羅刹らしい漆黒のルージュがブルッカイトの目の高さに見え。
そのバランスのとれた高身長に羨望をおぼえるだろう。
それはさておき。
この巻き込まれ型の状況は、
何か本当に彼女から白羽の矢が立つことをブルッカイトが、
知らずにやったせいかもしれない。
ブルッカイトは麻の法衣の影で、首から下げたマガリタマルを両の手のひらで包む。
螺旋にマガり、羅刹を制御する力がタマるものだ。
そっちとこっちが交戦か、
そっちとこっちで共闘か、を問われている。
羅刹が芭蕉扇をエレガントに振り、情状酌量も考慮する意図の風を優雅な手つきで送る。
あおられた、うなじの産毛がくすぐったい。
種類としては情状とは妥協の類語であり、
適切な決断の先送りであり、
そうだとしても不便が生じるのは、
後のちの細かい契約内容がポンピングブレーキ踏んだ曖昧な解釈になるくらい。
それとプライバシーがバンジーしたり、武装が断捨離されたり、
とんでもない妖力を所持する許可が気まぐれに下りたりするだけ。
だが。
長期戦になると予測した場合、そっちは得策ではない。
素直に「了解!」と言っちゃうと、なんだか低く見られそうだから、
安易には了解してない感じの声になり。
いまだ振り向かないままブルッカイトは、答える。
「返事は、これよ!」
ブルッカイトの大腿動脈に沿って描かれてる血脈の認証パターンを、
マガリタマル、略してマガタマが、
羅刹のふくらはぎへカーボン転写し、契約印として押す。
(おわり)