夏の風物詩
夏になると虫退治系のCMと、稲川淳二さんのライブのCMが増える。増えるというか、夏しかやってないのかも知れない。それはともかく、やっぱり夏になると怪談を扱う本やテレビ番組が目につくようになる。今の時代はスマホのカメラや防犯カメラに映る“怖い動画”というのは市場が大きいそうだ。それだけ需要があるのだ。
小さい頃、『小学○年生』とかの子ども向け雑誌でも、夏になると怖い話の特集があったりして、私はその本を手に持つだけでも怖かったのだ。手から恐怖が伝わる、そんなふうに感じて持つのが怖かった。そんな私が大人になって夢中で読んでいる怖い話がある。宮部みゆきさんの百物語シリーズだ。
魂手形〜三島屋変百物語七之続/宮部みゆき
シリーズも早や、第7弾。江戸の袋小物屋・三島屋に、不思議体験を語るためにいろんな人が訪れるという、このシリーズ。マジで背筋がゾッとする話、幽霊というより化け物が登場する話、世にも奇妙な物語的な不思議な話、‥ひと口に怪談と言ってもいろんなパターンがある。今回の“七之続”、3つの短編が収録されているが、括りとしては“泣ける”怪談だった。代表的な日本の怪談というと“牡丹燈籠”と“番町皿屋敷”の2つが超有名だが、考えてみるとこれらも実は悲しいお話なのだ。理不尽な目に遭い命を落とした者が怨んで出てくる。誰彼なく襲う西洋のお化けとは違って、自分を酷い目に遭わせた人に復讐する感じが、日本的だなとあらためて思う。
さて、今回この“泣ける”怪談集、括りは泣けることだがそのバリエーションは様々だった。里の人々の平穏を守るために自ら異形の者になった人、家族を思うその一途な気持ちから長年にわたり錯覚を起こしていた人、そして成仏出来ずに彷徨う魂に寄り添う案内人。どのお話も切なくて、読みながらジンワリと瞳が濡れる、怪談のはずがどこか優しくて、そしてそんな感じがとても心地良かった。
小さい頃は怖い話が載っている雑誌を持つことさえ怖かったのに、この本は読んだあとに胸に抱きしめたくなるくらいに愛おしかった。
語って語り捨て、聞いて聞き捨て
それが三島屋の百物語のルールだ。そこで語られた事が、他所に漏れることは無い。誰かに聞いて欲しくても誰にでも話せるような事ではないような、奇妙な話の数々。でも誰かに話すことで気持ちの整理ができたり、話すことで救われる人がいる。“秘密は墓場まで持って行く”なんていう言い方があるけど、自分だけの胸に秘めておくのって実は難しい。私なんて、何か変わったことや面白いことがあればすぐに誰かに話したくなる。リアルな友達に話すのが憚れるような事をnoteに書いてしまうこともある。
そうか、noteはこの小説でいう所の、三島屋なのかも知れない。お互いのリアルな顔(素性)を知らないから出来る、打ち明け話。どこで誰と誰が繋がっているかわからないから、誰にでも言えない。その誰にでも打ち明けられないnote百物語、私の場合は主に愚痴だ。皆さんが、読んで読み捨ててくださるから、書ける。共感してもらえると私だけじゃなかったんだ、と救われる。おかげで、私の中の毒がちょっとずつ浄化されてます。
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