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家族の距離


母の存在

私はお父さん子だった。

優しくて温厚、オシャレでピアノが弾ける父のことが自慢で大好きだった。2、3歳の頃のことを何故かよく覚えている。当時両親は家業の商売が忙しく、時には交代で出張に行くことがあった。夜になると出張先から電話がかかってくる。母からの電話には普通に明るく返事をしていたが、父が出張先から電話をしてきた時には「パパ、パパ」と電話口で泣き、「早く帰ってきて」と泣いた。


自分の欲求を通したい時には必ずまず父に話をして、父の承諾を得てから母に話をするという姑息なやり方を高校生の頃まで使っていた。今思うと母はそんな私をどう思っていたのだろう。私が母の立場だったら、そんな娘のズルさを許せただろうか。


ところが私が結婚してからは母の存在感が大きくなった。義母や旦那さんへの愚痴をこぼす相手は、父ではなく母だった。結婚するまで親元を離れて暮らした経験が無かった私は、少しホームシックになっていた。知らない場所にきて慣れない家事や義母からの干渉に辟易して、毎晩のように母に電話した。時には泣きながら。

母はいつも私の話を否定せずに聞いてくれた。そして最後には「みとんが縁あってそこのお家にお嫁に行ったのには理由があるはずだから」と言い、「全てはみとんの修行」だと言った。違う価値観を持つ他人同士がひとつ屋根の下一緒に生活していく中で積もっていくもの、それをどう受け入れていけるかが私が人として、そして妻として成長していくのに大切な事なのだと教えてくれた。


おかげで今日まで大きな波も無く過ごせている。


旦那さんのはなし

旦那さんは私から見ると天然だ。周りもそれを分かっていて、家族で集まるような機会にはいつも旦那さんは皆からいじられる。それを旦那さんは特に嫌がるでもなく、卑下するでもなく、淡々と応じて時にはチンプンカンプンな受け答えをしたりして周りを和ませる。私は旦那さんのことを憎めない人だと思う。

同時に私はそんな旦那さんの事を時に気の毒に、時に恥ずかしく思ったりしていた。しかしこの旦那さんの天然さこそが、今になって娘たちから評価を得ている。

娘たちが私たち夫婦のことを表す時に、旦那さんは温厚で優しい、対して私はユニークで面白いとなる。私からしてみればユニークで面白いのは旦那さんの方で、子育てに対してある意味無関心であるがゆえ口うるさく叱られたりすることなく育っただけだと思うのだ。対して私は、子どもと直接接する時間が長い分いろいろな事が見えてしまいその都度軌道修正するという親として当たり前の行動!をしていただけのはずなのに、何故か評価が低いように思う。


娘からのアンサー

それに対して先日長女が答えをくれた。

お父さんはお母さんと違ってここぞという時の爆発力(頼りになる)がある。お母さんは昔からずーっと平均点の線上にある。

つまり、男親と女親の違いは、日頃からああだこうだと口出しするか、日頃は黙って必要な時にだけ活躍するかである。あぁ、男親は良いとこ取りだなぁと思ってしまった。


それでも結婚してからの長女は、何かと私のことを気にかけたり、家事について質問してくれたりして、私としては頼りにしてくれて嬉しいなぁと思う。結婚したら女親の存在感が大きくなるのは私と同じ傾向なので、やっぱり娘もそうであったかと妙に納得してしまうのだった。


そして今、旦那さんの1番の相棒は、長女の旦那さんになった。とにかく可愛くて仕方ない様子。女ばかりの家庭で1人我慢の毎日だったのが、同志を見つけて嬉しいのだ。

何はともあれ、家族が仲良く過ごせるのが1番。

近く娘夫婦は、私たちの家の近くに新居を建てるという。そうなったら毎日のように義理の息子に会えるようになるわけで、旦那さんは今からそれを楽しみにしているみたいだ。

私たち夫婦は幸せ者だ。



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