見出し画像

デトロイトの屋外彫刻

デトロイトダウンタウンに車で入ると、ルネッサンス・センター手前、まず目に付くのがげんこつを ドーンと突き出した右腕だ。そして、ドカンと鎮座しているギリシャ彫刻のようなブロンズ像を見るこ とになる。車を降りて、比較的安全であるキャンパス・マーティス広場付近を歩くと、あちらこちらに 彫像があるのだが、それが意外と大きく美しく、街に風情をもたらしている。そして、そのビハイン ド・ザ・シーンを知ってもう一度見てみると、普段は深く考えることのない近代の歴史と共に、その 彫像の良さが実感を持つものとなり、味わいが出てくる。

Spirit of Detroit:  Marshall Fredericks 1958年

(トップ画面)デトロイト市庁舎の前であることも手伝って、よくテレビ ニュースに映るこの青銅製の座像、左手に神を象徴する 光る球が、右手には家族像が乗り、人類と神の関係を 表している。後ろの衝立のような大理石の壁には 以下 の言葉が聖書より引用されている。 NOW THE LORD IS THAT SPRIT AND WHERE THE SPIRIT OF THE LORD IS, THERE IS  LIBERTY. II CORINTHIANS 3:17 (主は御霊です。そして主の御霊のあるところには自由があります。) このスピリット・オブ・デトロイト、レッド・ウィングスやピストンズなどデトロイト のチームが優勝するとそのユニフォームをまとって登場(!?)する。

Monument of Joe Louis (The Fist):Robert Graham 1986年

画像2

スポーツ・イラストレーテッド誌からの寄贈。ピラミッドの枠から ぶら下がる巨大な腕。誰のなのだろうと思っていたらデトロイト 出身のボクサーで、米国内で黒人2人目のヘビーウェイト級の 世界チャンピオン、Brown Bomber と呼ばれ、1934~49 年に25回にわたりタイトルを防衛したジョー・ルイス(1914~1981)のものだということで納得したが、実はそれ以上のストーリーがあった。 このパンチは黒人ボクサーの彼がリングの内だけでなく、外へも放った力を表してい るのだ。当時、ボクシングはギャンブルや八百長が横行し人気が低迷しいていたが、次々と対戦相 手をKOし続け、観客を沸かせるジョー・ルイスが、1876年~1964年にかけて合衆国南部に存在し、米国内に影響をもったジム・クロウ法(人種分離制度)を乗り越えて、黒人でありながらも ボクシング界の救世主となった。そしてそれのみならず、1936年には第二次大戦前哨戦のように 騒がれたナチスが支配するドイツのチャンピオンとの試合で勝ち、国家的なヒーローとなったのだ。

Gateway to Freedom Memorial: Edward Dwight 2001年

画像1

デトロイトそしてミシガンでのアンダーグラウンド・レイル ロード組織(米国北部やカナダへと黒人達が奴隷制度 の続く南部諸州から逃亡するのを援助する秘密結社。 1810~50年に最も活発だった。)を称えて創作され たもの。9人の奴隷の逃亡者と彼らを自由へと導く“車 掌“がデトロイト川から対岸のカナダを臨んでいる。デトロ イト川は自由を得るまでの最後の障壁なのだ。
川を渡った対岸のカナダの町、ウインザー側にはデトロイト側と対になる銅像として、自由への内な る灯火をテーマに”蝋燭”をイメージしたフリーダムタワーが設置されている。 川のあちらとこちらで緊張感が違う、逃亡者たちの気持ちを連想すると、 現在の「差別は不当である」と主張できる世の中、それが正当であると いうことが当たり前の今は良い時代だと思う。

画像9

Levi L Barbour Memorial Fountain: Marshall Fredericks 1936年

画像3

スピリット・オブ・デトロイトの作者で あり、公共施設、公園、博物館や学校など、ミシガンのみ ならず国内外に多くの作品を残した20世紀の偉大な彫 刻家、マーシャル・フレドリックス。バーミンハムに住み、ロイ ヤル・オークとブルーム・フィールドにスタジオを構えていた。 (彼の亡き後、スタジオの物はサギノー・バレー大学のマー シャル・フレドリックス彫刻美術館に寄贈された。) この噴水は、クリーブランド・スクール・オブ・アートを出て、 スウェーデンで学んでいた際の恩師、カール・マイルスに招 かれてクランブルック・アカデミー・オブ・アート(ブルーム・ フィールドにある芸術系で有名な大学院)で講師をして いた時期に応募したコンペで選ばれ、ベル・アイルに設置さ れたものだ。中心の像は、走っているカモシカが急に方向 を変える時する動作を捉えたもので、他の彼の作品にも 通じて見られるように、その躍動感は印象的である。

この噴水の他、アップノースのインディアンリバーにある世界最大の 十字架像、オークランド大学の「聖人と罪人」、クリーブランドの噴 水「永遠の命」 (下写真)など物語風でエレガントな作品の数々、 他の彫刻家とは一線を画す作風でもって、ゴールド・ファインアーツ・ メダル等国内外賞を受賞しているのはもっともなことだと思う。

画像8

Michigan Soldiers’ and Sailors’ Monument: Randolph Roger 1872年 National Register of Historic Place

画像4

南北戦争の記念碑。ダウンタウンの散策の要所、キャンパス マーティス広場の前、五差路の中心に輝き、全方向から見て、 美しい!白い八角形の台座に白御影石の角柱のコンプレッ クス、そのそれぞれに乗っている黒い彫像のコントラスト、国家 歴史登録財(1984年)に指定されただけのことはある。 この記念碑の構成だが、まず米国と自由を象徴する羽を広 げた4羽のイーグルが下段に、2段目には軍の4組織、歩兵 隊、砲兵隊、騎兵隊、海兵隊の像、そして、浮き彫りのブロンズパネルで、南北戦争で合衆国北軍のリーダーであった、リ ンカーン大統領、グラント将軍、シャーマン将軍、ファラガット 提督のが飾られている。3段目は、寓話的な像で勝利・連 合・歴史・解放を表している。最上段には、羽のついたヘル メットを被り、右手に剣を振りかざし、左手に楯を持つアメリカ先住民の女王が立ち、強く・誇り高 く・勇敢なミシガンを表現している。 1872年当初この記念碑は、市庁舎前に建設されたが、 2005年に現在の場所に移設された。その際、タイムカプセルに南北戦争から2005年4月まで のイラク・アフガニスタン戦争での戦死者を更新した名簿が入れられた。(1867年時に25.4㌢ x30.48㌢の銅製の箱に入れて像に納められていた名簿は泥と水が混入して修復不可能だっ た。) 

Guardian Building: Corrado Parducci 1928年 National Register of Historic Place

画像8

1920年代自動車産業が隆盛のデトロイトで数多くの建 築を手掛けていた巨匠アルバート・カーンの目に留まり、彼の 設計する建物のための石像を作るという仕事で1924年にデ トロイトを訪れて以来、最期までミシガンに暮らしたコラード・ パードッチ。マーシャル・フレドリックスに並ぶ彫刻家である。 イタリアから幼児期にNYに渡り育った彼は若い頃から芸術 的才能をかわれパトロンの援助で建築・彫刻・壁画科で名 高いバウ・アート・インスティチュートへ通い、その後何人かの 著名な彫刻家の下で修行した。 彼の作品は、主に建築彫刻で、石像、ガーゴイル(怪物のような石像で雨どいの機能がある) など装飾的なものである。フィッシャービルディング、ガーディアンビルディング、マソニック教会、カー ク・イン・ザ・ヒルなどデトロイト及び近郊の数多くの有名な建築物に見ることが出来る。ネーティブア メリカンをテーマにアールデコ様式を取り入れた建築で傑作と言われる、ガーディアンビルディング。 正面に並ぶ2対の石造はコラード・パドッチの作品が建築意匠の決め手の一部として異彩を放って いる。 

The Horace Doge Fountain と Pylon :Isamu Noguchi 1981年

画像6

画像7

デトロイトダウンタウンのリバーフロントにハート・プラザ という広場がある。花火大会や音楽・レースなど大イベ ントの中心会場になる都市型の公園だ。建設時の 1975~85年代においては、相当モダンで先鋭的であっただろうそのデザインの中核をなすのが、日本で も有名な芸術家、イサム・ノグチの設計した噴水のホ レース・ドッジ・ファウンテンと塔のパイロンである。 イサム・ノグチは、英文学者で文筆家、慶應義塾大学教授、野口米次郎と米国人の作家レオ ニー・ギルモアを両親としてロサンジェルスで生まれ、3歳から14歳まで日本で過した後、彫刻家を 目指し単身渡米した。そして、彫刻だけでなく、商業デザイン、舞台美術、絵画、公園設計など 幅広い分野で芸術的才能を咲かせた。ヴェネツィア・ビエンナーレの米国代表の芸術家に任命さ れた他、レーガン大統領からアメリカ国民芸術勲章を授与もされいる。日本においては和紙と竹を 使った提灯風の照明「あかり」シリーズ(1969年)でその名が知られるようになった。米国において は、1947年ハーマン・ミラー社から発売され現在も生産されている、ノグチ・テーブルがある。 
ホレース・ドッジ・ファウンテンは、アンナ・ドッジ夫人が夫、 ホレース・ドッジ(後にクライスラーと合併する会社ドッジの創業者)と息子の追悼のための噴水建設へとデトロイト市に 100万㌦を寄付したことによるもの。ステンレス製のリング に2本足のついた噴水と黒味影石のプールには、300個の 吹き出し口と同じく300個の照明が配されている。そして、複雑なコンピューター制御によって無数の構成を作り出して いる。
往時は賑やかで最先端であったろうハート・プラザ、平日は人も少なく、無機質な噴水と塔だ けでなく、広場のデザイン自体が冷たく感じられる。石、木、紙に鉄もとあらゆる素材をデザイン したノグチ、今であれば彼はどのようなデザインを此処に提案するのだろうと思う。

【まとめ】 美術館や展覧会などで絵画を熱心に鑑賞することはあるが、彫刻は通り過ぎて来 た私であった。色々調べるうちに彫刻、特に外に設置されるものの立体的・空間的な魅力に俄然興味が湧いてきた。グランド・ラピッズのフレデリック・マイヤー庭園 &彫刻公園にとても行きたくなってきた~!

  参考サイト: http://www.detroit1701.org/Public%20Art%20and%20Sculpture.html


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?