それぞれの日常、それぞれの人生
モンペリエ到着後、最初の一週間は余りに濃くて骨が折れたが、テラスに集う地元民と遊びに行ったり、学校の仲間と街を探索してワイワイしてる内に7月もどんどん過ぎて行った。
学校は私立でこじんまりしていたが、様々なアクティビティーがあった。
放課後、ワインのデギュスタション(ティスティング)に参加して、香り表現を学びながら試飲したのは面白かった(燻した煙のようなとか…実際に使う機会は無いに等しいが 笑)
クラス3週間目にイエメンから来た中東男子も参加して、(宗教的理由で)飲めないのに参加するのはツラいのでは…と思ったが、香りだけ嗅いでしっかりと堪能していた(放課後、広場のカフェで彼が数人のヘジャブを被った女性とお茶をしてるのを何度か見かけた。K子ちゃんが、あれ全部奥さんなんじゃねーの?と言ってたけど、一夫多妻制なんで本当にそうだったかも知れない…)
そのほか、アイスランドからやって来た毎日飲み歩いてばかりでいつも酒臭かったかなりのBig size、いやぽっちゃり気味の女の子、
違うクラスなのに何故か写真に沢山写ってる、ウクライナから参加していた金髪で人懐っこい可愛い子。
いつも楽しそうだったけど、「私、ここ(南仏)に来るの大変だったんだ。私の国は女の子は簡単に海外に行けないの。行った先で結婚して帰らない人もいるから、国を出るのは凄く厄介なんだ、と言っていた…(亡命させない為?)
人のことは言えない。私も願わくばつまらない販売員なんか辞めて、日本から脱出したかった。そこに降って現れたのがパスカルだった。
背が高く、理系で賢く、(物腰が)スマートだった(反対に彼だって選ぶ権利が有るのに、今思えば自分は何様だったのだろうか…)オーストリア系で大柄なのでピノさんなんかはla baleine(クジラ)と呼んでいた。
アパルトマンも日々少しずつオフィス箇所が整ってて来て、入口脇の部屋にデスクとeMacが3台設置された。
パスカルがプログラミングをして、クリストフがレイアウト担当で、webデザインの会社としてやって行くつもりだったようだ。
ビリー君、K子ちゃん達とテラスでディネ(夕食)をして少し遅く帰った日、珍しくパスカルが一人で家にいた。
ビリーと一緒だったのか?と訊いてきたので、そうだと言うと
ビリーはあまり良くないものを吸うから気を付けた方がいいよ、と言う。
そういえば、海に行った時にタバコじゃない物を吸ってた気もしたし、ヘビースモーカーのK子ちゃんも言っていた。
「ねぇあれ、多分タバコじゃないよ。クサだよ、きっと。匂いがヘンだもん」
ビリーは若干のチンピラ感は有ったが…感じがよかったし、それほどヤバい人とは思えなかった。
パスカルが冷蔵庫からラムを出して飲み始めた。君も飲む?と聞かれてオレンジジュースで割って飲んだ。
「ビリーは多分粗悪なモノを吸ってるから貰っちゃダメだよ」
「…アナタも吸うの?」
知ったような言い方をするのでドキドキしながら尋ねた。
「少しね。仕事が忙しい時なんかは頭がクリアになる」
パスカルがアイロン台を取り出して来てYシャツにアイロンをかけ始めた。
「私がやろうか?」
「大丈夫。サラリーマンの時は毎日やってたから得意なんだ」
社会的にちゃんとしてそうなパスカルが、アイロンをかけながら、センシティブな話を当たり前のように平然と話すのを見て困惑した。
いつも周りに誰か居たので、夜2人きりでゆっくり過ごすのもパリのデート以来だった。
パスカルが私に脈が無いと気付いた時から、私は自分が傷つかないように、彼とは大家と間借り人、そして友人としての距離を保つ様にしていた。
それなのにそれなのに、バカルディーを1本空けた頃、アッサリと一線を超えてしまった。
いくら離れに寝室が有っても、同じ屋根の下に男女二人では、いつかはそうなるとは思っていたけれど…
だからと言って、彼が私に本気で向き合うようになるとは思えなかった。眠るパスカルの隣で悲しくなった。
明け方にパスカルのベッドがあるメゾネットからそっと梯子段を降り、自分の部屋に戻って眠り直した。
朝起きると酷い二日酔いで、その日初めて私は学校を休んだ。