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ベンチの青年

公園内散歩道の並木沿いには、ベンチが等間隔に配置されていた。

木陰に風がそよそよ通って心地良かった。

向かいに広がる公園には広い芝生も池もあり、水遊びする親子連れや、芝生に寝そべる学生、本を読む老人など皆思い思いにリラックスして過ごしていた。

今思えば、全てその週末を乗り切る為に神様が仕組んでくれたようにも感じる。

座ったベンチでQuickのハンバーガーを持て余しながら食べていると、背中合わせのベンチにサラリーマン風の男性がいつの間にか座っていた。

ガサガサッと音がしたので、後ろを振り返ると彼もハンバーガーを食べるところだった。
目が合い、「ボナペティ」と言われたので私もボナペティ、と返した。

ハンバーガーを食べ終わると、暫くベンチでぼんやりしていた。

これからどうしようか、、、一人ぼっちのアパルトマンに帰るのも気が重い。
パスカルも着替えを取りに戻るにせよ、日中には帰らないだろう…

正直、校長先生に勧められた学生寮を見に行く気にもなれなかった。

あぁ、本当に一人ぼっちだ…
X子さんか誰か日本人の生徒を待って落ち合えば良かった…。

後ろの男性は、ハンバーガーを食べ終わったらしく、紙袋をグシャグシャ丸めたあと、やはりぼんやり並木を眺めている。急いでいる訳ではなさそうだ。

日除けでサングラスをしていたが、善人そうに見えた。

「…パルドン、エクスキューゼモア。
少しお話ししていいですか?」

思い切って声をかけた。

正直言ってこれはナンパだろう。
圧倒的に人との会話に飢えていて寂しく、心細かった。

男の子は(と言っても30歳くらいの青年だったが)感じよくOui,Avec plaisir!(喜んで)と、何かに誘われた時の決まり文句で答えてくれた。

私が日本人学生だと言うと、僕も日本人の友達がいるんだ!と言って、辿々しいフランス語を辛抱強く聞いてくれた。

私の昨日までの出来事を話すと、神妙そうに顎に手を当て暫く何か考えたあと、
「君が良ければ僕のアパートを使ってもいいよ」と言い出した。

私は別にどうにかして欲しい訳では無く、心細さから誰かと話をしたいだけだった。

急なサジェスチョンに戸惑っていると、通勤バッグから携帯を取り出して何処かに電話をかけ始めた。

une fille japonaiseとか(私のことだ)un mec francaisとか(パスカルのことだ)problem domicile(住居問題…?)等の単語を拾って聞いていると、はい、と私に携帯電話を差し出して来た。

戸惑いながら携帯を取ると、もしもし?と日本語が聞こえてくる。

落ち着いた少し年配の男性の声だった。

「日本の方ですか!?」

「ええ、私こちらに住んでいる◯◯といいます。はい、話は聞きました。いやぁ〜何だか大変みたいですね〜」

さっき日本人の友達がいると言ったのは本当だったようだ。

「フィリップの事を頼っても大丈夫ですよ。僕が保証します。彼は信頼出来る奴です」

彼はフィリップという名前のようだ。
電話の主の〇〇さんはモンペリエに住んでいるそうなので、今後何かあった時の為に(あって欲しくはないが…)電話番号を教えて貰った。

フィリップ君は某コンピューター会社の職員で、郊外のアパルトマンに一人で住んでいるとのことだった。

〇〇さんにお礼を言って電話を切ったが、どうしたもんか戸惑った。

今思えば、右も左も分からない外国の街で、初めて会った人にウチにおいで、と言われたら危険極まりない話である。

例え一人ぼっちのアパルトマンでも鍵を閉めて閉じ篭っていれば、理屈的には安全だ。

けれどもその時の私は、安全な場所の孤独さよりも精神的な安心感を欲していた。
(家庭不和の不良少女が、繁華街や不良仲間と近しくなる心理がよく分かった…フィリップ君はどこからどう見ても善良市民に見えたが…)

今日は修理に出した車の代車を取りに行くため半休を取ったとのこと。
時間は持て余していたので、バスで代車サービスのあるディーラーまで付き合うことになった。

要するに知らない人に着いて行くことにしたのだ!

ちょっとバスが街外れに差し掛かると、アジア人が珍しいのか地元の乗客から穴の空くほどジロジロと見られた。

手配されたキレイなドイツ車に同乗し、再度市内に戻り、学生寮のあるシテのエリアまで連れて行って貰った。

教えられたアドレスのところは、高い塀で覆われていて中がよく見えなかったが、病院のような白い大きな棟が幾つか連なっていて、明らかにパスカル達のいる風情のある旧市街とは趣きが違った。

車を降り、事務所らしき入口のドアを探して覗き込んだが、ferméの札が下がっている。まだ明るかったが、夕刻で事務所はもう閉められていた。

fermé…(closed)これでは週末の内に寮に移れない。土日を一人きりでまたあの広いアパートで過ごすのは悲し過ぎた。


「僕は本当に構わないよ。僕も彼女と別れたばかりでどうせ一人だから気兼ねは要らないよ。何か気晴らしに食べに行く?」…なんだかウキウキしている…そうか、彼も一人ぼっちだったのだ。

結局そのあとは郊外のカルフール(巨大スーパー)で買い物をしたのち、お邪魔した彼のアパートにて、フィリップ君お手製のサラダ・二ソワーズ、私が作ったトマトのパスタで週末を迎えることとなった。

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