長い日曜日
日曜日、本がそこかしこに積み重ねられた部屋のベッドで目が覚めた。
キャロルのアパルトマンはバスルームを挟んで両脇に二部屋寝室がある。
私は普段彼女のルームメイトが使っている静かな通り側の部屋を使わせて貰った。
茶色い長毛の仔猫がベッド周りをウロチョロしている。
シャワーを浴びたくて反対側の部屋に近付くと、うっすらと開いたドア越しにマットレスでスヤスヤと眠るキャロルとBFの背中が見えた…素っ裸だった。
さすがに声を掛けづらいので...バスルームのドアをそっと閉めると音を立てないようシャワーを浴びることに。
シャワーを済ませるとキャロルがコーヒーを入れてくれていた。
キャロルのモバイルを借りてMヨシさんに電話をする。
(市主催のJAZZフェスティバルがヴァンセンヌの森であるから皆んなで行こう。その前にランチ)とMヨシさん。
おおよその予定を決めた後、まずはMヨシさん宅に行くこととなった。
冬にもお邪魔した10区にあるMヨシさんのアトリエ兼アパルトマン。
2匹の猫が歩き回るリビングで機関銃のようにモンペリエの話をすると、辛口なMヨシさんは、
「パスカルのママに嫌味の一つでも返信してやれば良かったのにー!」と笑いながら茶化す(そこまで心臓強くないですから…)
昨晩のfêteが気分転換になったのか、幾分か冗談を笑う余裕が生まれていた。
ランチをピノさんと合流することにして、ピーチクパーチクと日本語で話しながら移動する。
ピノさんは背の高いロングヘアの女性を伴って約束した通り沿いに立っていた。
hippopotamusというカバのキャラクターのステーキ店に4人で入る。
食事をしながら、やはりパスカルとモンペリエの話になり…
詳細を知っている見慣れた顔に囲まれ、南仏の出来事を話す内に緊張の糸が切れ、またもや涙が溢れて止まらなくなった(どんだけ泣いてるんじゃ…)
ピノさんは「オーララ、la fontaine!(まるで泉だわい!)」と呆れ、ピノさんの彼女のヴェロニクが心配して背中をさすってくれた…
Mヨシさんは言葉を無くしてしまった。
きっかけを作った立場としては複雑な気持ちになったのだろう。
パスカルだって元仕事仲間なわけだし…
ランチの後、Mヨシさんは気まずそうに予定が出来たと場を離れ、入れ替わる様にピノさんの同僚のジョリス君という若い男の子とヴェロの女友達が合流した。
2台のタクシーでヴァンセンヌの森に移動する。
ヴェロニクは私をうんと若い女の子だと思ったのか、タクシーの中から道沿いの門柱に彫られた人魚像を指差し、
「見て!Sirèneよ。綺麗ね」
「ほら、お城よ。シャトー・ド・ヴァンセンヌよ」など一生懸命気を逸らさせてくれた(ありがとうヴェロ)
人魚姫は恋した王子会いたさに声を失い、彼の国に行ったのだった。
人魚姫と比較するのは甚だおこがましいが、フランス語が不自由なまま恋した王子の国に押しかけたのは私も同じだった...
人魚姫は王子の愛が得られないと海の泡になってしまう…最後は結局どうなったんだっけ?
モンペリエ最後の日、いつものテラスで馴染みのメンバーと食べたランチは気まずいものとなった。
パスカルとの再会に胸躍らせ、モンペリエに到着した4週間前の初日を思い返し、結果的にはただのアバンチュールで済まされてしまった虚しさと無念さで涙が溢れて止まらなくなった。
名残惜しさで泣いてるのでは無いと皆気付いたのか、お通夜のような食事となってしまった…
皆の前で顔を潰されたパスカルは、私を駅に送る途中で意地悪をした。
列車の時間が迫っているにも関わらず、お気に入りのヴァネッサの働くブティック前で立ち止まると(彼女に挨拶してくるよ)と私のスーツケースを放り出し、見せつけるように彼女を口説きだした(ヴァネッサがさほど熱が無さげなのがせめてもの救いだった...)
仕方なく自分でスーツケースを運ぼうとすると、向かい側からハンバーガーの袋をぶら下げたクリストフがやって来た。
状況を一目で察してパスカルを制してくれた。
「hey、パスカル何してる。mitsuyoが列車に乗り遅れてしまうだろ!」
パスカルは渋々とヴァネッサから離れると、ムスッとしてスーツケースを転がし始めた。
無言のまま歩く駅までの道程は重苦しく長かった。
何とか予定の時間に間に合い、無事にTGVに荷物を積み込む。
まだ出発まで時間があった。
ホームで別れを惜しむシチュエーションの筈だった。
映画であれば…
だけどパスカルは、一言嫌味を言うと背を向けホームからスタスタと去って行った。
「Ne fait pas la betise à Paris」
パリではバカな事をしないように、と吐き捨てて。
列車が動き始めると同時に、悔しさと色々な気持ちが込み上げて来て、周りの人の視線もお構い無く、隣り合ったドイツ人の女子学生が声を掛けるまでうわんうわんと泣き続けた。
バカな事って?
南仏に落ち着いて、こちらの仲間に良い印象を植え付けたかった彼の計画を滅茶滅茶にしたと言うこと?
PCのメールを読んでしまい、彼は嘘つきだとビリー君達にこぼしたから?
鍵で揉めた時によく知らない人のところに行ったこともそうかもね
それとも、半年前に一度関係を持った男性にのめり込んだこと自体がバカな事だったのかも知れない。
ヴァンセンヌの森の芝生に寝転がりながら、パスカルに言われた言葉を思い出していた。
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