鍵をめぐる戦い_勃発編
自分用の鍵を使えないのか?とパスカルに思い切って確認した次の日のこと。
管理人さんが鍵を準備する時間を想定して、学校近くの芝生の綺麗な公園で、遠足で仲良くなった日本女子たちとサンドイッチを食べ、時間を潰してからオリビエの家に行った。
木曜日だったと思う(様々なことから逆算して…)
もしかしたら今日、自分用の鍵が貰えるかも!なんてX子さんに話し、ヘェー!良かったねぇーみたいな会話をしていそいそと鍵を取りに行った気がする…。
あぁ、そう言えばX子さん、オリビエの家のあるカンドル広場までは一緒に来てくれてたっけ。
ブザーを鳴らし、毎度のごとくのやりとりをして、オリビエの三階の部屋まで螺旋階段を登る。
部屋に入るとパスカルがアンヌ・ソフィーとじゃれ合っていた。
「あ、mitsuyo。OK、鍵の話しなきゃ」パスカルにそう言われ、いつものソファーにちんまりと座った。
アン・ソは(皆キムタクみたいにアンヌ・ソフィーを省略してそう呼んでいた)前述のとおり、やたらと男の子に抱きついたり、しな垂れ掛かったり、誰彼構わず見境なしにイチャつく、ちょっとハスッパな感じの女の子だった。
彼女がパスカルに覆い被さって顔いっぱいにキスしまくった。
パスカルも「oh,oh, stop!stop!…」と言いながら、まんざらでも無さげに笑っていた。
(アン・ソはオリビエのガールフレンドの筈だったが...)
「……」
暫くは私も無表情でおふざけが終わるのを待っていたが、止める気配が無いので話しかけた。
「…それで鍵の話は…」
パスカルは真顔になってアン・ソを払いのけると、こちらに向き直った。
「mitsuyo、結論から言うと鍵は無い。アパルトマンの管理人が今モンペリエに居ないんだ」
「…つまり…それはどういうこと?」
心臓がドクドクして来た。
「一ヶ月彼がバカンスに出てるんだ。一ヶ月後じゃないと受け取れないんだよ」
パスカルの言ってることはちゃんと聞き取れたし、理解は出来た。
でも納得は出来ない。一ヶ月後はクラスが終了してるし、私も帰国している。
頭にカーッと血が昇って行くのが分かった。
バカにされてる気持ちになった。
「じゃあ、コピーkeyを作ればいいじゃないの…!(Mister ミニッ◯的店舗で作る発想)」声がわなわなと震えて早口となった。
穏やかでない空気になってきて、オリビエがパスカルの隣りに座って加勢した。
「待て待てmitsuyo、スペアキー作るのは簡単じゃないんだ。certificat(セルティフィカ=証明書)が無いと作れないんだよ。日本は違うのか?」
少しムスッとなって来たパスカルが言う。
「それも(certificat)管理人が持ってるんだ。だから僕は何も出来ないって言ってるんだ」
「そうだよ。法律で決まってるんだ。勝手にcertificat無しで鍵を作ったら罰せられるんだよ」とオリビエ。
(ここでcertificatと言う単語を覚えたわたし…)
正論を言ってるのは彼らで、無茶を言ってるのはいつの間に私の方になっていた。
アン・ソも合わせて、三人分の冷ややかな視線が突き刺すように私を見ている。
完全にアウェーだ。
私は…そもそも彼に逢いに来たんじゃなかったのか?…
いつからかパスカルは、私に対して壁を作ってる様に感じられた。
初日の彼のママの酷い言いようや、忙しいからと言ってビリーに私のお守りを押し付けたこと、フランス語が分からないと思って下ネタで揶揄われたことも...
本当は私は招かれざる客なんじゃないのか…?
「certificatなんて知らない…!日本はコピーkeyなんてすぐ作れる!Pas de problem(問題無い)ってアナタ言ってたじゃない!そんなの嘘、電気も点かない、キッチンも使えない、鍵も無い!問題ばっかりじゃない!!」
溜まっていたモヤモヤが遂に爆発した。
次の瞬間、パスカルがポケットから鍵をテーブルの上に放り投げた。
「…きみはégoïsteだな!(わがまま、利己主義)そんなに鍵が欲しければきみが持ってりゃいいだろ!」
「…じゃあアナタはどうするの」
「知らないよ。きみ一人で家を使ってればいいだろ」
パスカルは立ち上がって何処か外に出て行ってしまった。オリビエもため息を吐いて後を追った。
アン・ソも慌てて二人の後を追って出て行った。
一人残された私はしばし呆然としていたが、どうにか呼吸を整えると、たった一つの鍵を握りしめ、真っ白になった頭でアパルトマンに戻った。
前日までは、夕食はパスカルと彼の仲間達と一緒に外食していた。
その日は夕食時に誰も迎えに来なかった。
X子さんと日中スーパーで買い込んでおいたパンやチーズ、人参のサラダなんかを冷蔵庫から出して、薄暗いキッチンで一人つまんだが、全然味がしなかった…
パスカルはその日アパルトマンに帰って来なかった。
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