Closed Sunday
到着当初は本当に最低限の物しか無かった。
キッチンはガス台が無かったし、シンクも整って無かったので、しばらくの間はお皿やコップを水道が開通してる浴室で、バスタブに腰掛けながらシャワーで洗っていた(汗)
電化製品としてはエスプレッソマシンと一般サイズ?の冷蔵庫があるだけだった…
少しずつ少しずつ、テーブルや椅子が増え、ガス台が付き、人の住処らしくなったのだが…
モンペリエでの初めての朝、コンクリートを流し固めたよなワイルドな浴槽で手早くシャワーを浴び、キッチン真上のメゾネットを寝床にしているパスカルを起こさないようにそーっとコーヒーを入れた。(エスプレッソなんで、どうしたってガガガガーと鳴り響いてしまうのだが…)
中々パスカルが起きて来ないので、コーヒー片手に、壁紙が剥がれたお化け屋敷のような他の部屋を覗いたり、窓から外の広場を眺めたりしていた。
毎日毎日、カラッとした良い天気だった。
中庭挟んだ向かい側に、賑やかに朝ごはんを食べる子供の姿が見えた。
しばらくして、電話の子機だかモバイルの音が鳴り、やっとパスカルが起きて来た。
結構長く話してから電話を切り、こちらを見た。
「おはよう。良く眠れた?」
上半身ハダカで浮腫んだ寝起き顔で(ごめんよ)あくびするパスカル。
ひとつ屋根の下、年頃のシングル男女がひと月も同居することに何の躊躇いも無いのだろうか、、、
半年前にロマンチックな1日を過ごした相手が、彼を訪ねて何万キロ先の南フランスまで来てしまったのだ(語学スクールに行くという口実はあったが…)
あの日のことを火遊びで済ませたく無かった私は、本音をちゃんと聞き出したくてヤキモキしていた…
それと、明日から学校も始まるし、ラム酒とオレンジジュースしかない冷蔵庫の中身を増やしに買い物にも行きたかった。
…出来れば二人で。
なのに、パスカルはこれからお父さんと足りない電化製品を買いに行くと言う。
「君を自由にするよ。découvrir à Montpellier」(街を散策しておいで)
「…私一人で?」
「そうだ。君を自立させないといけない」
「……」
昨日到着してから、二人で会話らしい会話もしていないのにちょっとショックだった。
(そりゃ、カタコトしか話せなかったけど…)
早々に答えを突きつけられた気がして動揺したが、駄々を捏ねて困らせたくはなかった。
「分かった。私、スーパーに行ってくる」
…しかし忘れていた。フランスでは日曜日殆どのお店が休みなのだ。
駅の手前にモノプリがあると聞いて探したが、見つけられず。
結局、鉄道駅まで行き、駅売店のかなり割高なボルヴィックを1本だけ買ってトボトボと戻ってきた。
朝コーヒーだけだったのでお腹がペコペコだった。
アパルトマン近くにイタリアンの店を見つけたので、入ってパスタを注文してみると…
出てきたカルボナーラらしきものは、ホワイトソースをかけた味のないふやけたパスタのような代物で、テンションが一気に下がった…。日本人だから舐められたのだろうか(...前日のパスカルママの言動をまだ引きずっている私)
そのあと近所を少しぶらついてからアパートに戻った。
...すると恐ろしいことに玄関が開かない。
(パスカルがまだ帰っていないのだ)
段々トイレにも行きたくなってきた。
パスカル達はいつ帰ってくるんだろう?
窓から伝って入れないかな?
ダメだ。窓の位置が遠過ぎる。
トイレに行きたくて冷や汗が出てきた。なんで…何でこうなるの…
アーーー!!!もうイヤ!!
半泣きになって玄関前に座り込んでいると、パスカルとパパが石の階段を上がって来た。
「…mitsuyo?」
「わたし…トイレに行きたくて」
「Oh…! 失礼」
パスカルがササっとドアを開ける。
無事トイレに飛び込み、気持ちを落ち着けてから自分の部屋に戻ると、二人が電気配線を繋げ直して新しい電球をつけているところだった。
残念ながら結局電気は点かなかった…。
最後の日まで…
パスカルがかかって来た電話で誰かと楽しそうに話している。
全く持ってして話を聞き取ることが出来ない。
長いこと日本で勉強したり、ロマン達と会話して耳慣れていたつもりなのに…。
自信を失い、側に立っていたパパに呟いた。
「わたし、パスカルが何を話してるのか全然分かりません…」
パパが肩をすくめて答えた。
「大丈夫、私もだよ。彼らが何を話してるか全く分からないよ!」
パスカルパパはいい人だった。
多少パスカルが若者スラングを使っても、パパには聞き取れていたはずだ。
しばらくしてアパートに再度立ち寄った時も、
「学校はどうだい?フランス語、少しは慣れたかい?」
と声を掛けてくれる人だった。
夕方になると、パスカルが友達のオリビエのところに連れて行ってくれた。
昨日行ったテラスのすぐ近く、やはり変形石造りのアパルトマンには、オリビエともう一人の仕事仲間のクリストフ 、クリストフ の彼女のガエル、その姉のアンソことアンヌ・ソフィーがいた。
女の子達が今日はmitsuyoの為に料理すると言って、小さなキッチンで何か作り始めた。
興味があったので私も手伝うと言ったら、あなたはいいから座ってて!と押し出されてしまう。
ガエルは栗色の髪で彫りの深い、いかにもフランス的な顔立ちのフェミニンな女の子で、いつも私を気にかけてくれた。まだ学生だったと思う。
アンヌ・ソフィーは長い黒髪で、一重だったか奥二重の少し平たい顔立ちで、何だか日本人みたいだった。大柄でよく日焼けしていて、ちょっとガサツでぶっきらぼうだった。よくタバコを吸って、クリストフ 一筋のガエルと違い、いつも色々な男の子とイチャついていた。
挽き肉を大きなトマトの輪切りで挟み、ハーブを振りかけグリルしたものとサラダを頂いた。
(料理の名前を聞いたら、ただのプロヴァンサル(地方)料理よ!とのこと)
何人もの彼らの仲間が出入りして、席が足りないのでキッチンやソファで飲み食いしていた。
私はどうやらその日主賓らしく、窓辺のテーブルクロスを掛けた席にパスカルと一緒に配置させられ、色んな人が入れ代わり立ち代わり向かい側に来ては話しかけた。
大した話はしなかったけど、日本の女の子と(30過ぎてたのにね)パリから来たばかりのパスカルはちょっとした興味の的になっていたようだった…
ビリーと言う名のちょっと浅黒い肌のエキゾチックな顔立ちの男の子が、今度海に行こうよ!と誘って来て、パスカルにも私を連れて行っていいかと聞いた(その時パスカルは私の保護者的立場になってると気付いた...)
「ああ、あちこち連れて行ってあげてくれ。
僕は忙しいからね」
その時やっとパスカルは私に興味が無いことに気が付いた。
ビリーも私の青ざめた顔を見て、少し困惑していたような気がする。
明日は早めに学校に行って、入学手続きをしなくてはならない。
まだ飲み足りなさそうなパスカルをせっ着いて、日付けが変わる前に薄暗い路地を通り、アパルトマンに帰った。
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