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アパルトマンと仲直り

街外れのフィリップ君のアパートは新興住宅地にある近代的な造りの1LDKだった。
テーブルの上に大きなキスマークを付けたメモの走り書きが有った。
「これはリサだよ。先週別れたんだ」
派手な服装をした黒人女性と頬をくっ付けた写真を取り出した。真面目な優等生風の彼と彼女が並んだ姿はどうにも違和感が有ったが、他人の恋愛事情にはツッコミを入れぬことにした。

私もパスカルとの出逢いについて遅くまで蕩々と語り、フランスの鍵事情もフィリップ君に噛み砕いて教えて貰ってどうにか理解する事が出来た。
寝室を使っていいと言われたが、気がひけたのでリビングのソファーを借りることにして眠りについた。

二晩続けて落ち着かない夜を過ごし、寛げないソファーの上で、私はここで何をしているんだろうと自問した。

鍵についても、強く主張せずにもっと穏やかに話し合いが出来たかも知れない。
パスカルのところを間借りしている身分だし、そもそも彼の好意で置いて貰ってるだけなのだから…。
こんな事になるなんて…私は彼の言う通りエゴイストだったのかも知れない…。

窓の外が段々と明るくなってきた頃、アパルトマンに帰ってパスカルに謝ろうと思った。
もし彼に許して貰えなかったら、月曜日に学生寮に入ろう。

起きてきたフィリップ君にそれを話すと納得し兼ねるようだったが、最終的に私の考えを尊重してくれた。
朝ご飯用の焼き立てクロワッサンを買って来てくれる間、私が昨夜のお皿を洗っていると(南仏に来てバゲットしか食してなかったので嬉しかった…)働き者の日本のワイフを僕は手に入れ損ねたようだね!と、ふざけて残念がってくれた。

パスカルのアパルトマンの手前の通りに、ガエルがバイトしているフレンチカジュアルのブティックがあった。

いきなりアパルトマンに戻るのが心配で、パスカルに会う前にガエルに会って様子を聞こうとお店を覗き込んだ。

「mitsuyo!昨日は何処にいたの!?パスカルが心配していたわ」

「…ごめんなさい。私、友達の家にいたの」

ガエルが私の背後に離れて立つフィリップ君をサッと見た。

「友達って…学校の友達?」

「…Non」

「外国から来たあなたがよく知らない人の家に行くのは危ないわ。気をつけてね」
かなり歳下のガエルに注意されて恥ずかしくなった。
「…Oui, d'accord…パスカルはオリビエのところ?」

「パスカルならアパートに戻ってるわ。今ならいると思うわよ」 
(…鍵はどうしたんだろう?私が持っているのに)

アパルトマンの前まで来るとフィリップ君は(じゃあ何かあったら電話して。僕はここで失礼する)と言うのでお礼を言うと、

良かったら午後、グランド=モットに一緒に行かないかい?と言ってきた。

ラ・グランド=モット。確かビーチリゾートか海辺の観光名所だったはず。

これからパスカルに謝って、許してくれても、許してくれなくても、今日はどのみちヒマだろう。
そういえばまだ海にも行ってなかった。

2時間後に昨日のベンチで待合わせの約束をしてアパートの中に戻った。


玄関ドアの鍵は開いていた。

パスカルがしゃがんでキッチンの床を掃除していた。

いつの間にテラスで使用するような木製のダイニングテーブルと椅子が増えている。

パスカルはおずおず近づく私に気付くと、フーと溜め息をついてから微笑んだ。
「サヴァ(大丈夫?)mitsuyo」

「Oui, ça va…パスカル、あの、ごめんなさい。私、我がままだった…」

「ここはアナタの家なのに…鍵のこと、ごめんなさい」

パスカルは立ち上がると、穏やかな顔で首を横に降った。

「もういいんだ。昨日は何処に居たんだい?」

心配をかけたくなくて、クラスメイトの部屋に居たと嘘をついた。

「そうか…今夜はここでfête(ホームパーティー)をするよ。僕の誕生日なんだ」

その日は7月7日だった。

鍵を渡しながら、七夕について中国の、星のランデヴーのお祭りと説明したが、うまく伝わらなかった。

フィリップ君と約束してしまってるので
午後出かける予定があると言うと、

「大丈夫。fêteは夜だよ、多分遅くまでやってるから出かけておいで。じゃあまた夜に会おう
À ce soir !」

急に慌ただしくなった私は、大急ぎで身支度をし、昨日の公園の遊歩道まで小走りで向かった。

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