新しいクラスになる
鍵を持ってないパスカルが帰ってきたら困るだろうと、玄関の鍵を開けたまま、真っ暗なアパートで休んでいたが、防犯上の身の危険もあり、ほとんど眠れないまま朝が来た。
いつもパスカルが寝ている中二階のメゾネット部分を、梯子段を登りそっと覗いたが、ベッドは空っぽのまんまだった。
学校までの数分の道のりも、真っ青な明るい空とは真逆のどんよりとした暗い気持ちでとぼとぼと歩いた…
とても楽しく授業を受けられる気持ちでなかったし、誰かと話さないとどうにかなってしまいそうだった。
自然と足が自分のクラスでは無く、学校の手続きなどを行なっている小さな教務員室に向かい、始業前に問合せ等している生徒達の列に並んだ。
クラスの更新や日常の困りごとを相談している生徒に順番をどんどん譲り(私も充分に困っていたが…)遂に最後になってしまった。
9時になり、皆慌てて其々の教室に散って行く。
授業に間に合わなくなる…でも、誰かに相談しないといけないと思った。
どうしようか迷っていると、事務員か講師のお姉さんが声をかけて来た。
「何か急ぎの用?授業は?」
もう廊下には私以外誰もいなかった。
「あの、わたし、…わたし今問題が…
J'ai un problem…un problem,maintenant…」
やっと口を開いた途端、涙がどっと溢れてきた。
「あらまぁ、大変!中にお入りなさい!」
話を聞いてくれた2人の女性の内、正面に座っていた40歳位の女性が校長先生だった。
「…でも、授業が…」
「授業はいいから!アナタの問題とやらを話してちょうだい」
私は酷い顔で泣きながらも、とにかく現状がそのまま伝わるように、涙を拭いながら必死に話し続けた。
男友達の家に居候して通学しているが、彼と上手くいっていないこと、彼は半年前に知人の紹介で知り合い、メル友になり、モンペリエに招かれたこと、までを時系列で話した。
「上手く行ってないって…彼は…アナタをぶつの?…」
「…Mais non!まさか!!鍵が…鍵が無くて1つしか無くて…私が怒ったら、そしたら彼も怒って、、、彼が言いました。私のことをエゴイスト、わがままだって、、、それで彼は怒って帰って来なくて、、、私、昨日の夜、広い家に一人で辛かったんです、本当に、、、悲しかったんです、、、すみません」
話を聞いて貰えた安心感から、次から次へと涙が溢れ出た。
「…OK、大体のところは分かったわ。だけどこの状況じゃ勉強も出来ないでしょ。ねぇ、シテの寮って空いてるかしら?」
校長先生がもう一人のスタッフに聞く。
「多分、幾つか空きがあると思います」
彼女が手早く地図と住所らしきモノをコピーして、私の前に置いた。
大学の学生寮棟が市の郊外にあると、遠足で知り合った子が話していた。
クラスの子や、日本女子達と同じ宿舎かも知れない。
「1週間250€よ、今日の午後見に行けたら週末の内に引っ越せるわ」
「…マダム、でも私…アパルトマンを離れたくないんです」
完全に完全にどうかしていた。
寮は学校から結構離れていた。
路面電車で3、4駅。
寮の殆どの生徒が、20分強ほど歩いて通学していたのに大変申し訳ないが、そもそもアパートに近い語学学校だからこそ選んだと言うのもある。
また、ケチで恥ずかしいが、250€が3週間では、8万円強の出費である(当時のレートで。タダほど高いモノは無いが、パスカルのところは居候で無出費…)
それに、X子さん初め、他の生徒達に噂が広まるのも嫌だった。
(あの子、フランス人追っかけて来て、結局上手く行かなくて寮に入ったらしいよ)なんて。若さ故のおかしな見栄が有ったのだろう。
「どうして!?その人と上手く行ってないんでしょ?」
この後に及んで割り切ることが出来なかった。(自分の幼さを呪う…)
「…でも、わたし彼が好きなんです…」
「Ohーla la〜!!」(出た!オーララ〜)
先生が二人一斉にオデコに手をやったあと、フゥーと息を吐きながら、顔の前で風を煽ぐヤレヤレのジェスチャーをした。
「仕方ないわねぇ。どうしたらいいか週末ゆっくり考えなさい。あ、ちょっと待って」
立ち上がろうとした私に、校長先生が何かPCで調べてから言った。
「アナタ、そんなに話せれば初級に居る必要ないわ。今日からクラス替えよ。中級に移って」
授業は始まって1時間近く経っていたが、事務員のお姉さんが新しい別のクラスに連れて行ってくれた。
講師に事情を説明して貰うと、そのまま授業に放り込まれた。
初級よりも皆授業に集中していて、日常に役立つ文章を作っているように感じた。
15分の休み時間で、左右の人懐っこそうな女の子達が自己紹介してくれた。
1人はサラと言って、カナダ人のピチピチしたあどけない女子大生、反対側はモナリザのような褐色のウェーブヘアで、癒し系美人のアメリカ人、ラシェル(英語読みだとレイチェル?)
よろしくね、と私の名前のスペルを何度も読んで覚え、笑顔で話しかけてくれて緊張が解れた。
日本人女子も二名いたが、その日の彼女達は午後のクラスがあったので、まだ交流することは無く、一人ぼんやりと広場前の公園にサンドイッチだかハンバーガーを持ってランチをしに行った。
その公園のベンチに救世主が待っていた…
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