夢幻の迷路を歩く: 倉俣史朗のデザイン展

繰り返し夢を見る時期と、ほぼ見ることがない時期が数ヶ月おきに訪れる。昔は高い所から落下したり怪物が襲ってくるような怖い夢を見ることが多かったが、最近はやたらと旅の夢を見る時期に入ったようだ。

『透明硝子入りテラゾーテーブル』

古い寺院や、昔からある繁華街のような場所をひたすら歩いて巡る。途中で知人に会ったり、共に移動することもある。ホテルの中もたいてい迷路のようになっている。不思議なのはどの場所も坂が存在していることである。これは生まれ育った神戸の影響が大きい。

『透明硝子入りテラゾーテーブル』

実家は坂を登った先の先に建っていて、街のどの場所に行くにしても基本的には家から下りることになり、帰るには上るしかない。高校に行く時は下がって上り、帰りも下がって上る。体に刻まれたそんな感覚が夢の中まで息づいている。眠れない夜は頭の中で地形をイメージする。真っ暗な空間から坂のある土地が浮き上がり、知らない旅先が現れ、その中を彷徨うように歩くことを楽しむ。

『トウキョウ』

会期が終わりに近いということで『倉俣史朗のデザイン―記憶のなかの小宇宙 - 世田谷美術館』を見に行った。造花のバラを透明なアクリルの中に埋め込んだ『ミス・ブランチ』やエキスパンドメタルで作られた『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』など、彼の作品を間近で見る機会は数多くあった。作品に座ったこともある。だから彼の作品を間近で見る事に新たな発見があるかどうかは疑問だった。しかし訪れた人がとても良かったと言うので、これは何かがあると感じ、訪れる事とした。

『ハウ・ハイ・ザ・ムーン』

会場で知ったのは、倉俣氏が夢の記録を数多く残していたということである。夢で見た様々な体験を残した文章あるいはスケッチが会場のあちこちに展示され、観客は倉俣氏の夢のイメージ群の中に包まれるという会場構成だった。副題である『記憶の中の小宇宙』とは、倉俣氏の夢の中に取り込まれ、その感覚を共有する、という意味であった。そこで私は、自分が見てきた夢の記憶と倉俣氏の夢の記憶が、全く違う体験ではあれども、イメージ同士が響きあうような感覚を覚えた。夢をネタにに会話しているような、お互いが訪れた場所について楽しく語り合うような感覚。

展示会では彼の作品を並べてはいるが、観客は作品そのものではなく、彼が見た夢に因われるような感覚を得たのではないかと思う。少なくとも私はそうだった。

ほとんどの展示が撮影不可だったこともあり、倉俣氏の作品についてはここでは触れない。しかし倉俣氏が生きてきた夢の空間のようなものを体験できる事は間違いなく、夢と現実の境が曖昧に感じられるタイプの人であればとても没入できる展示であり、良い展覧会だった。氏の夢についてはぜひ現地で体感していただきたい。

ご興味ある方はぜひ。1月28日まで。


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