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カモン、アイリン 1

 僕は寂しい気持になると、いつもここに来る。
 夕暮れの荒川の土手。川の流れを眺めながら、僕は大きく息を吸う。
 気持ちがいい風が流れてゆく。嫌なことなんて忘れてしまう。
 ここは僕だけの空間だ。誰もいない。ゆっくりと時間が流れる。

 名前も知らない鳥が飛んで行った。雑草が風で揺れている。僕は何気なくその鳥の飛ぶ行方を目で追っていた。
 そして僕はそれを見つけた。僕の視界に映ったのは、美しい顔をした女の子の姿。彼女は雑草の上にあおむけに倒れていた。
 眠っている? いや、死んでいる?
 その表情はとても穏やかだった。

 僕はゆっくりと彼女に近づいた。息をしているようには見えなかった。やはり死んでいるのか?
 僕は彼女の脈拍を測るために彼女の腕をつかんだのだが、そのとき僕は、彼女の手のひらに見覚えのあるマークがあることに気がついた。

マーク


 どうしてこんなマークがこんなところに、と僕は疑問に思った。
 だけどもそんなことよりもまずは脈拍だ。
 僕は脈をとる。
 やはり脈はない。
 だけども不思議なことに、僕には彼女が死んでいるようには思えなかった。
 僕は彼女を抱き起こそうとしたのだが、僕は彼女の体に違和感を覚えた。
 硬い。彼女の体の感触は硬く、それはとても女性の体とは思えなかった。いや、そもそも人間の体ではない。
 僕は改めて彼女の手のひらのマークを見た。
 間違いない。
 これは無線充電のマークだ。

 僕はポケットの中からワイヤレス充電器を取り出した。
 そしてそれをその手のひらにあててみた。

 彼女がぴくっと反応した。
 彼女は、充電をしている。
 彼女は充電をしている。

 まさか、彼女はアンドロイドなのか?
 こんなにも人間そっくりのアンドロイドが存在するのか?
 いや、外見だけなら今の造形技術があれば製造可能だろう。
 しかし、動くのか?

 僕が彼女の様子を観察していると、やがて彼女の瞳が開いた。
 彼女は僕を見ている。
 だがその表情は無表情だ。
 僕は話しかけてみたが、反応はなかった。
 どうやらコマンドが必要なようだ。

「オッケイ・グーグル」
 と僕は試しに言ってみた。反応なし。
 アンドロイドだけど、OSはアンドロイドじゃあないのか、と思う。
「ヘイ、シリー」
 と言ってみた。反応なし。
 やっぱりアンドロイドでなければiPhoneだなんて短絡的だ。
 シリーなんて、silly(バカバカしい)だったか。
「アレクサ」
 と言ってみる。やっぱり反応なし。そんなわけないか。こんなもの、アマゾンで売っているはずがない。
「コンピューター」
 と言ってみる。反応なし。
 トレッキー(スタートレック・マニア)じゃないか。
 っていうかマニアじゃないと知らないか。

 う~~ん。
 起動せんし、ガンダム。
 僕は悩んだ。

 僕はふと、オールド・ロックのとある歌を思い出した。
 それはデキシーズ・ミッドナイト・ランナーズのヒット曲のタイトルだ。


「カモン、アイリーン」
 と僕は呼びかけた。

 すると、彼女が起動した。
 起動したし、ガンダム。
 僕には起動時の「ボーン」という音が聞こえたような気がした。しかしそれは気のせいだ。これはマックじゃない。


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