句集を鑑賞しましたシリーズ! 句集「ゆづりは」(佐藤雅子)
結社「藍生」に所属しておられる作者の佐藤雅子さん。
私がお稽古している合気道の道場の先輩の佐藤さんのお母様だというご縁で句集を拝見させていただきました。
句集のように俳句がまとまったものを読ませていただくと、その方のこれまでの生き方や大切にしておられることやものの見方感じ方が分かってとても楽しいです。
この句集からは、お医者さまである作者の様々な面を感じることができて、俳句は、作者の生身の身体を通して作られるものなのだと改めて感じさせていただきました。
ありがとうございました。
それでは、私の好きな句を鑑賞させていただきます。
黒揚羽強き余震の中を来る
夏の暑さを感じつつ余震の続く不安な気持ちを持ち続ける日々。今日は、特に強い余震がありひときわ不安な気持ちにさせられる。そこに一匹の黒揚羽が飛んで来る。黒揚羽も被災して家がなくなったのだろうか?などと案じ、黒揚羽をいつくしむ作者の光景が思い浮かびます。また、黒揚羽に地震でお亡くなりになった方、また、ご先祖の魂が乗っかっている様にもかんじられます。とても良い句だなあと思います。
原爆忌マンモグラフィー異常なし
原爆忌の季語とマンモグラフィーの取り合わせが秀逸だと感じました。尊い命の多くが一瞬で亡くなってしまった原爆忌と一人の女性が癌検診の異常なしという結果に安堵している様子の大と小の取り合わせが良いと思いました。また、多くの命の上に自分自身の命が成り立っていて、犠牲になられた方の多くの方々の為にも一所懸命生きて行くのだという奥底にある覚悟みたいなものも伝わってくる感じがしました。
けふからは専業主婦よ小晦日
小晦(12月30日)になってようやく仕事から解放された作者。「よ」という言葉から専業主婦に喜びを感じているように伝わってきました。
家の掃除やおせち料理の準備など様々なお正月への準備が軽快になされている様子が浮かんできました。更にはお正月には親戚一同が楽しく集まっている様子まで浮かんできそうです。
通草裂け蒼天いよよ極まりぬ
通草が蒼天をバックに美しい絵になっている光景が一気に広がります。
通草が裂けたので実の白さとがわの紫色が青い空をより一層、青い空へと極まらせ蒼天が完成形を迎えたという作者の詩ごころが秀逸です。
啓蟄の雪降りやまぬ舞ひやまぬ
降りやまぬ、舞ひやまぬのリフレインが心地よい一句です。
啓蟄を迎えても降りやまぬ雪。さらに舞ひやまぬと畳み掛けられることで、かなりの量の雪が激しく降っているのだということが伝わってきます。
それが啓蟄の時候ですので、春だと思って動き出した虫達もさぞ困惑しているのだとうという滑稽さもあり良い句だなあと思いました。
竹落葉閑かひとひらまたひとひら
竹落葉が閑かに舞い落ちています。とても安らかな気持ちにさせてくれる一句です。
ひとひら、またひとひらと表現することでゆったりとした時間的な経過と空間的な広がりを感じることができます。下五を”またひとひら”と字余りにしていることで竹落葉がゆっくりとたくさん落ちている様子が感じられるのだと思います。また、日本語のら行は、変化活動をあらわす意味があると言われていますので、中七の”ら”と下五の”ら”が続くことで、ゆったりとひらひらと葉が表と裏を見せながら散っている様子を感じることができるのだと思います。
空蝉の脚にゆるみのなかりけり
一物仕立ての揺るぎない一句です。
本当にその通りだなあと感心しました。
誰にでも詠めそうで、中々詠めない一句だと思います。
地に足をしっかりつけて日々を生きていくのだという作者の心の奥底にある覚悟の様なものがこちらにグッと伝わってきました。
本当にいい句です。個人的に空蝉はとても大好きです。
初春や息子は後を継ぐといふ
お正月に親戚一同が集まって団欒をしている時でしょうか。我が子が後を継ぐといってくれた。作者のとても嬉しい気持ちが季語の初春のめでたさと重なって伝わってきました。
自分も先代から受け継ぎ、さらに自分から子供の代へと引き継がれ新しい時代が始まっていく。嬉しさと安心感とを初春の季語がどんと受け止めてくれている感じがします。
門火焚く伝えて医業四百年
時間的な重みをずっしりと感じさせてくれる一句です。ご先祖様をお迎えする為に門火を炊いている。しかもそれは四百年であるという。先祖からの想いをしっかりと受け止めつつ医業として生きているその日々の覚悟が伝わって来る重みのある一句です。
蜜柑剝く兄弟姉妹皆医業
兄弟姉妹と表現することで4、5人の複数人で蜜柑を食べている景色が思い浮かびました。しかもみんな医業に携わっている。
炬燵に入りながら兄弟姉妹で様々な思い出話や苦労話などに花が咲いてほのぼのとした中に医者を先祖に持つ家系としての矜持が伝わってきました。
以下は、他に良いなあと感じた句です。
祭果て雪駄忘られたるままに
夏祭未だ揃はぬ太鼓の音
トラックの牛のまなざし十二月
父母の墓に土筆のきんぴらを
父恋し母はほ恋し栗をむく
秋気澄む神馬の尻に力満ち
初芝居仕立ておろしの貝尽くし
被災地の仮診療所春の泥
海鼠にもわれにも命ひとつづつ
魚屋にちよいと寄らうか雪時雨
秋の夜や小児科女医の針仕事
鰤起しわれら石動山の裔
春愁ふ皮膚科医として妻として
我が家にをんなはひとり紙雛
時雨るるや櫻大樹の瘤と洞
湯たんぽのやけどの患者三人来
馬酔木咲く曽祖父棲みし屋敷跡
下疳百法秘伝抜書稲光
小夜時雨束稲山を望む句碑