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母子共依存 私の場合 その3「カウンセリング、受けてみた」

こんばんは、自分見つめ隊です。

前回は、依存を自覚し、毒親というキーワードに出会うという内容でした。

今回は、ついにカウンセリングを受けたときのことについて書いていきます。


毒親リサーチをしていたある日見つけたのは、親子関係専門のカウンセリングをされている先生でした。

東京の先生でしたが、zoomでのカウンセリングもされているということで、なんとか一人になれる時間を作り、親に内緒で受けることにしました。

先生は終始淡々とした口調で、それが私にとってはありがたく、冷静に自分のことを振り返りながら受けることができました。

私が親に言われたこと、されたこと、思い出せる限りの「我慢した、しんどかった、今でも心に引っかかっている」経験を話しました。
その全てが、親が正しくて自分も悪かったと思うべきなのか悩んでいることも含めて伝えました。

先生は、実際に親がしたことと、私が「親はこう思う」と想像していることを分けながら、つまり事実とそうでないことを整理しながら聞いてくださいました。

また、私と親だけでなく、親とその親(祖父母)との関係も、私が知る限りのことを話しました。

一通り話し終わり、開口一番に言われました。

「今日お聞きした話から推察すると、あなたのお父さんは、そこまであなたとの関係に問題はないと思われます。ただ、あなたのお母さんは、典型的な過保護過干渉である可能性が高いです」

最初はあまりピンと来ませんでした。

過干渉らしい母との関係も、それが普通だと思っていたから。

その後先生は、過保護過干渉タイプにもいくつかパターンはあって、その中から母が当てはまっていると思われるものを説明してくれました。

「お母さんご自身が、愛情不足で育った可能性があります」

これには心当たりがありました。

昔、母も自身のトラウマやそれに関わる親との関係について、カウンセリングに通っていたことがあると聞いたことがありました。

その時の具体的なことは聞いていませんが、今回の先生から「愛情不足」の内容について掘り下げて教えてもらえました。

親から子への愛情は2つあるといいます。

・十分な食事を用意する、学費を払う等、「モノを与える」愛情
・子どもの気持ちを受け止め、子どもを信頼する「キモチを与える」愛情

私の母の場合は「モノ」は与えてもらっていたけれど、「キモチ」を十分に与えてもらっていないかもしれない、と。

よって母自身が寂しさを感じながら育ち、それをいま娘の私と関わることによって埋めようとしている、すなわち「必要以上に関わりすぎる=過保護過干渉」である、と。

なるほどな…と納得できました。


この記事を書くにあたって、カウンセリング直後のメモを改めて読んでみたら、何回かに分けてもう少しかけそうなので、次回以降もしばらくカウンセリング内容について触れていこうと思います。

それでは、今夜はこの辺で。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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