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青いワンピース(4)※完結

いつものように、二人分のコーヒーを淹れた真美は、僕の目を見ずに言った。

「ねえ祐樹、別れようか」
「…どうして?」

真美はコーヒーをすすって、小さく息を吐いた。

「他に好きな人が出来ちゃった」

コップを机に置き、君は立ち上がった。

「ごめんね、わがままで」

少しだけ、真美と目が合った。
真美の瞳は、揺れていた。

おそらく君は気づいていたのだろう。
僕の心の中に、新たな女性がいることに。

君を傷つけるつもりは、無かった。
だけど、君以外の女性に少し心がざわついて、君以外の女性に対して「もっとあなたのことが知りたい」と追いかけてしまいそうになる自分が確かにいた。
だけど、それはすぐに冷めていくだろうと思って、そんなに深く考えてもいなかった。
だけど、君はそんな僕の小さな変化も感じ取ってしまっていたんだろう。
だから、優しい君は最後までその優しさを貫こうとしていた。

「じゃあ帰るね」

いつもの言葉を発して、真美は少し距離をとって、僕を見据えた。

「いままでありがとうございました」

少し頭を下げた君は、振り返ることなく家を出ていった。光の色をした君が、夜の街に溶けていなくなる。

あぁ、だからそのワンピースを着ていたのか。
目の前にいるときに、どうして気づいてあげられなかったんだろう。君のパジャマも、歯ブラシも、箸も、いつの間にかなくなっていた。
残されたのは、まだ湯気がのぼるコーヒーと、座ったままの僕だった。

失わなければ気づかないことが多すぎる。
失う前の当たり前は、簡単になくなってしまう。
だけど、当たり前の幸せの上に”立ち慣れてしまっている”自分がいる。

僕には僕の夢があって、きっと君には君の夢があって。君との連絡手段がなくなってしまった今、僕にできることはなんだろう。

君がもう一度恋をしてくれるような、僕になろう。
どんな道を歩んだって、君が新たな恋をしたって、僕は僕を輝かせる。君にもらった優しさを、全部君に返そう。もしそれが叶うのなら、ずっと、ずっと、ずっと、大事にするから。

僕は君にひどいことをした。

だけど

いつかどこかで会えたとき
もし君があのワンピースを着ていたら
それは運命だと信じてもいいかな

おしまい

#小説 #恋愛 #短編小説

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