【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.19 旅の道連れは手品⑤
インド最初の都市・ゴラクプールに到着する。
都市だけあって人が多かった。
通りに場所を見つけて、手品を始めるとあっという間にすごい人が集まった。
人の集まりがまた人を呼ぶ。
手品が終わるとずっしりとするほどのコインが集まった。
路上で手品をするコツをだんだん掴んできていた。
度胸もついた。
現地の人との交流も楽しい。
笑顔を見せてくれるのがとても嬉しかった。
労働とは少し違う。
でも、自分で稼いだお金だ。
現代ではお金がないと生きていけない。
食べるものを買ったり、寝る場所を確保するための、最低限のお金だ。
それを、手品を見せることで、稼ぐことが出来るようになった。
手品と出会えたことも偶然。
手品の道具を持っていたことも偶然。
偶然の重なりが必然になっていく。
ケイイチの持ち前の行動力と運の良さが、そうさせているのだろうと思う。
ゴラクプールを出ると、仏教の4大聖地の一つ、サルナートを目指した。
サルナートは、4大聖地と言いながらも、のんびりとした田舎の街にあった。
ブッダが最初に説法したと言われている場所。
説法した相手が鹿だったと言うので、この田舎の雰囲気にもうなずけた。
聖地を囲むように、お寺が建っている。
お寺には仏塔があり、仏舎利が修められていて、ブッダの象徴とされていた。
遺跡の雰囲気は静かで、昔からその場に佇んでいると言う存在感があった。
時間の流れを止めたような空間の中で、少しの間、風の音に耳を傾けていた。
実は、これで訪れた仏教の聖地は3箇所目だった。
ネパールにある生誕の地・ルンビニ、インドに入ってすぐ訪れた入滅の地・クシナガル、そしてこのサルナートで、残すのは悟りの地・ブッダガヤだ。
ケイイチは、この4箇所は全部訪れたいと思っていた。
旅の前は、仏教にさほど興味があったわけではない。
東南アジアを巡りながら、宗教が生活に根付いているのを目の当たりにして、人々の考え方にも影響しているのを感じていた。
生活の環境、自然の環境が厳しいほど、信仰心は強くなるのではないか。
柔らかい風の音を耳に感じながら、何不自由なく育った子供時代に想いを馳せた。
2003年11月18日、ベナレスに到着。
街の中は、力車でごった返していて、その間を縫うように車が走っている。
自転車を押して歩いた。
道路の終わりが石の階段になっていて、それを登ると、泥色の川があった。
ガンジス河だ。
ついにガンジス河まで来た。
聖なる川であり、人々の生活の場でもある。
体を洗う人もいれば、洗濯をする人もいる。
かと思えば、川岸で焼かれた遺体を流したりもする。
圧倒的な量の水が全てを飲み込んでいく。
不思議な場所だった。
川沿いは路上マーケットで賑わっていた。
ゲストハウスの客引きが多く、明らかに旅行者のケイイチに次々と寄ってきた。
自転車を押しながらうろうろしていると、1人の男性に声をかけられた。
人相が悪い。
それが、彼の第一印象だった。
人を見た目で判断するのはよくないと分かっているが、それでも、身構えてしまう。
何かの中毒患者のような様子なのだ。
「ボビー」と名乗った男性は、少し話をした後に、自分の家に泊まりに来いと言った。
「何日いても構わない」と。
ケイイチはかなり迷ったが、お世話になることにした。
「なんで泊めてくれるのか」と訊いてみる。
「グッドカルマのためだよ」と答えたボビーさんは笑った。
ケイイチが不安そうにしていることに気づいたのか、「母親と一緒に住んでいるから大丈夫だよ」と付け加えた。
ボビーさんの家は、観光地のど真ん中にあった。
石造りの立派な家だった。
建築に詳しくなくても、歴史のある建物だとわかるほどだ。
ボビーさんが「400年以上前の建物だよ」と教えてくれた。
1階と2階にはお兄さんが住んでいると言うことだったので、少し安心する。
殺されて埋められるようなことはなさそうだ。
ボビーさんとお母さんの居住スペースは3階。
お母さんは、突然の訪問者であるケイイチを歓迎してくれて、荷物を避けて寝る場所を作ってくれた。
「ハッパが必要か」と聞かれたので、適当に話をそらしてはぐらかす。
あんまり長くは滞在しない方がいいかもしれない、とケイイチは思った。
ガンジス河のほとりにガートと呼ばれるお祈りをする場所がある。
お祈りをしてから、ガンジス河で水浴びをするのだ。
ガートでは寝泊りもできて、いろんな人が滞在していた。
こんなに人が沢山いたら、1人ぐらい外国人がいてもわからないかもしれない。
実際、この頃のベナレスは治安があんまりよくなくて、40人前後の旅行者が行方不明になっていた。
大使館から、日没後の外出は控えるように言われていたのだ。
でも、ガートは聖なる場所なので、犯罪を犯すような人はいないのではないかと思う。
ほとんど外のような場所ではあったが、寝泊りしてみることにした。
ボビーさんに話すと「いつでも戻ってこい」と言ってくれた。
彼のグッドカルマに協力することができただろうか。
自分の行いが誰かの人生に影響すると言うのは、何をするべきで何をするべきでないのか、考えるきっかけになる。
毎日、ガンジス河で水浴びをする。
日に日に汚さが気にならなくなっていく。
インドに馴染んできたな、とケイイチは自分で笑ってしまった。
古い街並みの中、真剣に祈る人びとを眺める。
遺体を焼く光景。
ベナレスは不思議な魅力のある街だった。
生と死がとても身近にある。
人生とは、と考えずにいられなかった。
もっと長く滞在したいと思ったが、インドの滞在ビザの期限がある。
一度、バングラデシュに出て、もう一度インドに戻ってくることにした。
2003年11月27日、ベナレスを出発する。