【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.9 標高3000m越えの荒野①
チベットは外国人が入るのはとても難しいと言われている。
正式には、入境許可書が必要になるのだが、個人で取得するのがほぼほぼ不可能なのだ。
特別なツアーがあるらしいが、自転車では参加できない。
しかし、オランダ人のブログの中で、自力で到達した場合はこっそりゲートを潜ることができると書かれていたのを確認していた。
行けば何とかなる。
ケイイチはとりあえず入境のゲートまで行ってみることにした。
標高が高くなると、草木が無くなる。
岩がゴツゴツしている細い道を、ひたすら登った。
自転車から降りて、自転車を押し上げるようにして登っていく。
バックパックの中は持てるだけのビスケットと、栄養価の高い蜂蜜を詰めた。
チベットは標高が3000mを超える。
体力と強い意思で登っていくしかなかった。
しかし、ケイイチは少し甘く見ていた。
「水」の重要性についてだ。
川などで汲めるだろうと、簡単に考えていたのだが、そもそも、川がない。
カラカラに乾いた大地では水源を探すのが困難だった。
時どき、ツアー客がバスから投げ捨てたのであろうペットボトルが道端に落ちていた。
その中に、数滴分の水が残っている。
それを飲んで凌いだ。
この後は、水場を見つけたら、口から溢れ出すんじゃないかと言うぐらいに水を飲んだ。
もちろん、持っているペットボトルもしっかりと補給する。
水がなければ人間は生きられない。
細胞に水が染み渡るの感じながら、ケイイチは再確認したのだ。
チベットへの入境ゲートの前までくる。
竹でできたゲートの棒が、あまりに簡素で面白かった。
近くに自転車を止めて、暗くなるのを待つ。
街灯もなく、暗闇の中に佇むと、周りの家から聞こえてくる犬の鳴き声が気になった。
狂犬病の注射が行き届いていないチベットでは、犬に噛まれることはとても危険だと聞いていたのだ。
意を決して、少しずつゲートに近づいていく。
傍の監視小屋のようなところに小さな灯りはついていたが、人の気配はないようだ。
ゲートは上がっていた。
どうぞお入りくださいと言っているかのようだ。
緊張しながらも、ゆっくりとゲートを潜る。
本当に大丈夫なのか?
見つかって咎められるかもしれないと思うと、体が強張った。
何事もなく、意外とあっさりとゲートを越える。
そのまま道を進んだ。
ゲートから離れてしまえば安心だ。
いつまでも聞こえてくる犬の鳴き声が不安を煽った。
少しいくと、遠くから何かが近づいてくるのが見えた。
犬だ!かなり大きい!
それも2頭も!!
放し飼いにされていることが信じられなかったが、とりあえず逃げるしかなかった。
くるりと180度回転して、ゲートの方に戻る。
途中で、犬が追いかけてくるのを止めた。
どうやら縄張りがあるようだ。
とりあえずゲートの内側には入っているので、寝袋にくるまって寝てしまうことにした。
寒くて目が覚める。
もそもそと動くと、寝袋に霜が降りているのが見えた。
ペットボトルに残っていた水も凍っている。
さすが標高3000m越えだ。
チベットは荒野だった。
小さな集落があって、ヘアピンカーブの続く荒野を超えて、また小さな集落がある。
その繰り返しだった。
息がすぐ切れる。
上りは自転車を押して歩くしかなかった。
20mほど進んで、立ち止まる。
喉がカラカラになった。
できる限り水を切らさないように気をつけていたが、どんなにあっても足りなかった。
村に立ち寄ると、バター茶をもらうことがあった。
水分と塩分を効率よく取れるし、体も温まるので、チベットではよく飲まれているようだった。
右へ東へと揺れるヘアピンカーブを上りながら、ピックアップトラックを見ると、載せてくれないかと思い、指を立ててみたが、止まってくれる車はほとんどなかった。
細い山道に通る車はほとんどない。
山道との孤独な戦いになっていた。
そして、ケイイチの20年の旅路の中で、3回訪れた「死にかけた経験」の1回目が起こったのである。