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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.17 旅の道連れは手品③
目的の街にたどり着いた頃、ネパールではヒンドゥー教のお祭りのシーズンだった。
「ダサイン」と呼ばれるこのお祭りは、9月の半ばから15日間にわたり行われ、祭りの最後の日は満月になる。
自転車を押して歩いていると、あっという間に日が暮れて来た。
街灯もない田んぼ道。
次第に視界に何も映らなくなっていく。
ふと、ぼんやりとした小さな灯りが動いた。
その数はみるみると増えて行く。
蛍だ。
両側の田んぼで蛍が光っているので、道が浮かび上がって見える。
幻想的な蛍の道案内のようだった。
辺りに人の気配はない。
みな、太陽と共に生活しているのだ。
夜は寝て、明るくなったら起きる。
時計なんか必要ない。
その全てが日本とは違い過ぎた。
そんな田舎町で数日過ごした。
ゆっくりと流れる時間の中で、何もせずに、1日の終わりを迎える。
太陽が沈んでいく様子を眺め、寝る支度を整えて寝床に入る。
とても贅沢な時間の使い方のような気がした。
そんな体験ができることに感謝しなくてはいけないとも思った。
だけど、そろそろ出発しなくては。
旅の終着地、インドが目前に迫っている。
2005年11月3日。
ケイイチは国境の近くのチャイ屋でチャイを飲んでいた。
インドを目の前にして、少しばかり感慨深くなる。
この国に来るために、2年半前に日本を出発したのだ。
なんだか心が落ち着かない。
出発前、地図帳を開いて「遠すぎる」と笑ったインドのすぐそばまで来ている。
今まで通って来た道を思い起こしながら、出会った人々の顔を思い出しながら、チャイをすすった。
ネパール側からゲートを潜ると「ようこそ、インドへ」と英語で書かれていた。
ここに至るまで、多くの旅人に、「インドでは気を付けろ。騙されるな」と言われていたので、かなりの警戒心を持って自転車を漕ぎ出す。
風景はネパール側とさほど変わらない。
でも、よくみると、男性がかぶっているものが、ネパールでは「ダカ・トピ」と呼ばれる民族衣装の帽子だったのだが、インドではターバンに変わっていた。
田園風景の中を自転車で走っていく。
これから、インドで、ケイイチの人生が変わるような何かが起こるのだろうか。
いかにたくましい想像力を持ってしても、思い描けないような体験ができるのだろうか。
心のざわざわは、さらに大きくなっていた。
インドでは、わかりやすい終着点として、最南端にあるコモリ岬を目指すつもりだった。
他にも、仏教の聖地をめぐりたかった。
もちろん、現地の人と交流したり、ガンジス川を泳いだりしたい。
そして、全てを終えたら、逆回りで帰ろうと決めていた。
パキスタンやイランを通る道だ。
それも何年もかかるだろうか。
旅はまだまだ終わりそうもなかった。