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【意志あるところに道はある】ケイイチ ちゃり旅20年の道のりVol.41 アクシデントだらけの川下り①
ベナレスは観光地なので、ガンジス川には観光客を乗せる遊覧船のようなものがたくさんあった。
観光客は船に乗って、ガンジス川から、ガートやお祈りの様子を見るのだ。
ガンジス川沿いを歩いていると、船に乗らないか、と客引きに声をかけられる。
船の知識が全くなかったケイイチは、その客引きに、あの船はいくらか、と尋ねて回った。
そうする事で、船の相場の値段を知ろうとしたのだ。
もちろん、客ひきは船の値段など知らないし、船を売りたいわけでもないので、教えてもらえない。
それでも、中には、オーナーに聞きに行ってくれたりしてくれる親切な人もいた。
どうやら700ドルから1000ドルぐらいが中古の船の相場のようだった。
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そんな中で、お茶屋も経営している船のオーナーが、今あるボートを250ドルで売ってくれると言った。
ちょうど、買い換えようと思っていたところだったらしい。
船を見せてもらうと、船体は大体4mぐらい、特別古いようにも見えなかった。
骨格と船底は木で、側面には鉄板が使われていた。
値段も含め、他に良さそうな物もなかったので、ケイイチはこのボートを買うことにした。
手に入ったボートを改めて見ると、その大きさを実感する。
今までは自転車だったので、かなりの差だ。
自転車だったから1人でコントロールして乗れていたが、このボートはどうだろか。
1人で舵を取ることができるのか?
買い出しに行く時も、船を見ていてくれる人が必要なんじゃないか?
色々考えて、ケイイチは仲間を募集することにした。
幸い、船は十分なスペースがあって、2、3人は快適に寝れそうだった。
カトマンズから一緒に自転車で来た小林さんがやって見たいと行ってくれた。
さらに、彼女が泊まっていたバッパーで聞いてくれて、あれよあれよと、5人集まった。
ケイイチを入れて6人になる。
せっかく行きたいと言ってくれた人を断るのはケイイチの性分ではない。
思い切って船を2隻にすることにした。
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メンバーは
ケンジくん 九州男児 もと料理人 テキパキしていてリーダーっぽい
ユウジくん 喫茶店でバイトをやめてインドを放浪 おっとりタイプ
小林さん しっかりした女性 バリバリやっていく人
アミさん 何ヶ月か放浪している 細かいことに気がつく
ミクさん あたりの柔らかい女性
そしてケイイチを入れて男性3人女性3人だ。
1隻はケイイチ が漕ぐ。
もう1隻はケンジくんとユウジくんに漕いでもらうことにした。
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ケイイチのボートの経験は榛名湖の遊覧船。
それから前橋の幸の池でも手漕ぎボートを漕いだことがあった。
流石にいきなり川に船を出すのは怖いので、少しの間、ボートを漕ぐ練習をする。
子供の頃から船を漕いでいる12歳の男の子が教えてくれることになった。
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正直、最初は舐めていた。
漕ぐと言っても、川の流れに船を載せておけば、船は進むだろうと思っていたのだ。
ガンジス川の流れも、見ただけではかなり緩やかに見えていた。
それが、実際に船を出してみるとあっという間に流れに引き摺り込まれて、コントロールを失ってしまう。
旋回させるときに交互にオールを動かすのが難しかった。
左右の漕ぐバランスが崩れれば流されてしまう。
思っていたよりも大変なことを始めてしまったのではないかと、ケイイチは不安を感じ始めていた。
朝の8時から毎日練習した。
12歳のコーチに従って、川を何度も往復した。
掌の豆も潰れた。
身体に船の動きを覚えさせる。
1週間も経つと、なんとか船を思い通りに動かせるようになった。
船を漕ぐ練習と同時進行で、船の改造も行っていた。
インドは日差しが強いので、1日中外にいると大変なことになってしまう。
そのために、柱を立てて、ブルーシートを被せ、屋根を作った。
それから、後方に少し出っ張りを作って、トイレとした。
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あとは、船に積むものを揃えた。
食糧は米やじゃがいもなどの炭水化物。
豆やおかずになりそうなもの。
塩、砂糖、胡椒。
プロパンガスのコンロと圧力鍋。
それから、水を保存するための大きな容器。
ガンジス川の水は飲めないので、村があったら、寄って補充していく。
2005年11月4日
ついに出航の準備が整った。
どこかで聞きつけたのか、人がたくさん集まってきた。
TVの取材まできた。
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船に乗り込もうとすると、船を売ってくれたオーナーが、「海まで行くんだぞ」と言って花の首飾りをかけてくれた。
嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちで心がいっぱいになる。
集まってくれた人々の顔をゆっくりと見渡し、「それでは行ってきます」と言って手を振った。
ヒンズー教のお祈りで、集まった人みんなで見送ってくれる。
まるで、日本で万歳で見送られるようだった。
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船がゆっくりと岸から離れる。
歩くほどの速度で船が流れ始めた。
ダートの前を通過すると、寺院の鐘の音が響く。
聴き慣れたお祈りの声が流れ、熱心にお祈りを捧げ沐浴する信者の姿が目に入った。
マルビヤ橋から、自動車のエンジン音やクラクションが聞こえてくる。
橋を潜り、下流へと流れると、先ほどまでの喧騒が嘘のように消え、静まり返った。
新しい始まりには、緊張と不安と、少しの怖さがあった。