[掌篇集]日常奇譚 第45話 コール
純太とは一種奇妙な友人関係であったと思う。まず言えば、ぼくらは小学生時代からの親友だった。しかし高校の卒業後にぼくが関東に出て、それでぼくらはほとんど会うことがなくなった。最初の頃はそれでも半年に一度くらいは帰郷していてそのたびに純太にも会っていたのだが、忙しさもあって徐々に帰郷しなくなり、それでぼくたちは約束した。一箇月に一度電話で近況を話し合おう、と。
こうした約束はしばしば「義務」と化し、負担になってきたりもする。だがぼくらに限ってはそういうことにはならなかった。ぼくたちは一箇月に一度の電話を至極楽しみに待ち、そしてさまざまなことを心ゆくまで話し合った。
純太と話しているあいだは子ども時代に戻り、日々の苦しい社会生活を忘れることができた。
きっとぼくらはやがてすっかり年老いても、こういう関係をずっと続けていくのだろう。そんなふうに思っていた。
水を差したのは敬三だった。敬三もかなり親しい友人のひとりだ。
仕事で上京した敬三と久しぶりに会って食事をしていた最中のことだ。
「知らなかったのか?」と敬三は言った。「純太は半年前に死んだぞ。火事で」
馬鹿な、とぼくは笑った。
つい一週間前に純太と話したばかりだった。
嘘じゃない、と敬三は妙な顔つきでぼくを見て言った。「そんなくだらない嘘なんかつくわけないだろ。意味もない」
確かに嘘ではなかった。
たずねてまわった昔の友人たちはほとんどそれを知っていたし、それになにより、新聞の記事にもなっていた。
純太は間違いなく半年前に死んでいた。夜中に火災で焼け死んだのだ。
だが、最近、純太と話したというのも確かだ。そんな記憶違いなんてあるわけがない。
これはいったいどういうことなのか……胸のなかに得体のしれない不快なものがぎっしり詰まっているような気分だ。ちょっとしたあいまにもこのことが頭に浮かんでくる。
ぼくはそれから数日考えつづけたが、結局、思いきって帰郷してみることにした。
帰ってどうなるというものでもないかもしれないが、どうしてもこの目で確かめなくては気が済まなかった。純太が死んだということを。それに相手は親友だ。このままで済ませられるはずがない。そしてもうひとつ、一箇月に一度の電話の日がまた近づいてきていた。
新幹線でおよそ二時間半。実家に荷物を置いて少し落ち着くとすぐに純太の家に向かった。敬三もつきあってくれていた。敬三も先日もぼくの反応が気にかかっていたらしい。
純太の部屋は、母屋から少し離れたところに独立して立っている。子供の頃には何度も遊びに行った家だ。自分の家のようによく知っている。
まだ火事の跡が生々しかった。家人の気持の整理がつかず、まだ片づけられずにいるのだという。
ぼくと敬三は連れ立って懐かしい純太の部屋の焼け跡に入った。
そこらで黒焦げになって転がっているものは気のせいか見覚えのあるもののように思えた。純太のレコードのコレクションの残骸があるのがわかった。黒焦げの固定電話機もある。線は切れている。
謎を解かなくてはならなかった。ぼくは携帯電話を取り出して、すっかり記憶してしまっている番号を押した。先日ぼくが話した相手の番号だ。
そのとたん敬三が小さく悲鳴をあげた。
足もとに転がっている黒焦げの電話がけたたましく鳴りはじめたのだ。
「やめろ」と敬三はうわずった声で言った。「早く切れ」
なぜ? とぼくは愚かにも訊いた。
そのとき電話のベルが途切れた。
誰かが受話器をとりあげたのだ。炭になった黒い手で。