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[掌篇集]日常奇譚 第40話 安堵の過程
ある日、コーヒーを飲もうとして、ドリッパーがないことに気づいた。
洗い場のあたりを目がさまようが、小ぢんまりとしたシンクで見のがすはずもない。一目瞭然。ない。
無意識にしまいこんでしまったのかと戸棚を開けて調べてみるが、やはり、ない。その戸棚も小さなものだ。細かく探しまわるまでもない。ササっと見ればわかる。
ひょっとしたら、使い終わったあとの粉と一緒にうっかり捨ててしまったのだろうか? そんな馬鹿なと思うが、もはやそれしか考えられない。たまにわけのわからないとんちんかんなことをしてしまうことはある。ぼんやりしていて。捨てるべきものを冷蔵庫に入れて、保存すべきもののほうを捨ててしまったりとか。
ないとなると、ますます飲みたくなる。仕方なくゴミ袋を少しあさってみる。ドリッパーのような特徴的な形状のものがゴミ袋に入っていればすぐにわかるだろう。
が、ない。
すると、先週の金曜日のゴミの日に出してしまったのに違いない。手遅れだ。
ああ……なぜこんなにボケたことをしてしまったのだろうと自分にうっすらと腹を立てつつ、ふと思いつく。職場から以前もらったフィルター付のコーヒーがまだ数個残っている。紙の封をぱくっと開くと不織布に包まれたコーヒーの粉が入っていてそのまま使い捨ての簡易ドリッパーになる商品だ。ともかく数杯はこれで飲める、と改めて水を沸かしはじめた。
さて。と、手もとに置いていたコップに目を落として、そこで気づいた。
コップの上にドリッパーが乗っていた。
それはそうだろう、とぼくは安堵する。無意識のうちにすでにきちんと用意していたのだ。ばっちりじゃあないか。ぼくはまだボケてなんかいない。捨ててなどいなかったのだ。よかった。
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