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[掌篇集]日常奇譚 第47話 ブックハザード
食料の調達に出た帰り道で奴らに遭遇してしまった。
鉤状に曲げた指に危うくつかまれそうになる。尖った牙がのぞく口からはだらだらと涎が垂れている。鮮血の色をした目で私を値踏みし、ぐるるるると虚無から響いていてくるうなり声をその暗い口腔から洩らしている。
飢えているのだ。
三匹。
いや、四匹いるのか?
急いで非常用の文庫を数冊とりだすと、奴らはすぐさま気づいて飛びかかってきた。私の手を食いちぎらんばかりだ。あわてて手を離す。
路上に落ちた文庫本に奴らは飛びついて奪い合いを始めた。なにやら激しく吠えたてながら髪をつかみあい、殴り合い、引っかき合い、それはもうすさまじく醜く、そしておそろしいありさまだ。
しかしむろんのんびり見物している場合ではない。奴らが争っているその隙に身をひるがえして必死に逃げ……それからは奴らに遭遇することもなく、なんとか無事に家に帰り着くことができた。危なかった。
奴らに噛まれると奴らの同類になってしまう。
本がないと生きられない生き物に。
今日はかろうじて逃げられたが、残念ながら餌を与えてしまうことになった。
本を断たれると奴らは一時的に兇暴化して見境なく襲いかかってくる怪物と化すが、その段階を越えるとやがてはカラカラにひからびて死んでしまう。つまり本を与えないことが最善の策だ。それに本は貴重品だ。いまやこの世界では、かつての世界における金にも等しい。ある時期から急速に書物文化はすたれ始め、そんな状況が悪化してくると愛書家たちが本を奪い合いをするようになってその愚かな行為が書物の滅亡に拍車をかけた。
とはいえ、やむをえなかった。
あそこで本を投げなかったらおそらく無事ではいられなかっただろう。
なんにせよ、世界に本はもうあまり残ってはいない。われわれが、そして奴らが、食いつぶしてしまった。
奴らはいずれみんなひからびる。
備蓄している非常用の本も残り少なくなってきている。
非常用の本がなくなってしまうと外出も厳しくなるかもしれないが……どうだろう、その頃には奴らの数もずいぶん減ってきているのではなかろうか。本がなくなるのが先か、奴らが死に絶えるのが先か。
――こうして、世界から本がすっかり消滅して奴らが死に絶えたあとの乾いた世界を私はふと脳裏にえがく。
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