[掌篇集]日常奇譚 第38話 黒子(ホクロ)
ホクロを数えるとホクロの数が増えてしまう、という話を聞いたことがありますか?
「数えると増える」などということはもちろんつまらない嘘なのでしょうけれども、ホクロが増えるものだというのは実は本当の話です。大きくもなります。ホクロというものはどんどん成長するものなのです。
そのことについてひとつの興味深いお話をいたしましょう。
昔、ある知り合いの女性からじかに聴いた話です。
どういうわけなのか彼女は顔にホクロがたくさんありました。そばかすなら愛敬にもなると思いますし、ホクロはホクロでも泣きボクロや恋ボクロのようなものなら逆に天然のアクセサリーともなるのでしょうけれど、彼女の場合は単にあまりにも多すぎるホクロであって、それらは撒き散らしたゴマみたいに顔全体を無秩序に占領しているのでした。そのせいで彼女は子どもの頃から「顔にゴミがついてるぞ」だとか「○○子の顔で碁でも打つか」などという無神経きわまりない言葉で傷つけられもしてきました。
多いだけではなく、そのひとつひとつが大きくもありました。
そして、その量と大きさが歳を重ねるとともにひどくなっていったのです。彼女自身それを気にしてはおりましたが、気のせいだと自分を騙してきました。
ところがある日、恋人がふと口にしてしまったのです。最近またホクロが増えたのではないかと。いいえ、それを言ったのは「もと」恋人。ホクロのせいではないと自分に言い聞かせてはおりますが、ともかくその言葉をつぶやいてしばらくのちに彼は彼女から去っていってしまいました。
限界がきた、ということを食事をしている最中に彼女は突然知りました。
そうして病院に行きました。ホクロの切除手術をするためです。考えてみればもっと早くこうするべきだったのです。手術と言ってもたいしたものではありません。レーザーでアッというまに済む、ということはおよそどなたでもご存知のところでしょう。
たいした手術でもないはずなのに目隠しをさせられたのは顔面の手術だったせいでしょうか。
そして手術が始まりました。
手術というものが気持よいものであろうはずもありませんが、けれども彼女にとっては心地よい感触でした。彼女を苦しめてきたものがひとつひとつ消えていくのですから。
幾つめかのホクロを切除したときのことです。
彼女はそれまで閉じていた目をなにげなく開けました。するとアイマスクには少し隙間があって、また顔に当てられている強い光の加減もあり……
医師の手が見えました。その手が彼女の顔から離れていきます。手はピンセットを持っていて、その先に挟まっているものがありました。よくはわかりませんが、好ましいものでないことははっきりとわかります。"それ"はピンセットの先でくねくねと蠢いていました。看護師が差し出している瓶のなかに"それ"を収め、手がまた彼女の顔の上に戻ってきました。やがてまた、その蛭のようなひどくいやらしい"それ"がどこかからピンセットで摘み出されます。
それの繰り返しを彼女は吐き気を抑えながら見つめていました。目を逸らせることはできなかったのです。頭部が黒く、半透明の体をぴちぴちとよじらせているそのいとわしいなにかは、そんなふうに何十匹と瓶のなかに収められていきました。