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[掌篇集]日常奇譚 第42話 ついていった

 猫に対するよくある誤解として、クールであるとか、自分中心で人にそれほどはなつかない、というようなものがある。たいてい犬と比較してそう言われるのだが、犬も猫も飼った経験から言うと、猫はむしろ犬よりも飼い主にべったりとなる傾向があるように思う。同じように慣れてもそもそも性質が異なっていて、犬は主従関係で結ばれるのに対し、猫は家族、それも幼児のようなベタベタのなつきかたをする。

 愛猫家どうしで会話をしているとたまにこの手の話題でもりあがることがあって、あるとき、ぼくと友人とのあいだでもそういうことがあった。

 友人が話していたのは、彼のおじさんの話だった。彼のおじさんの、猫、の話だ。
 おじさんにベッタベタになついている猫で、一日じゅう、おじさんのあとばかり追いかけまわしていたのだという。

「それはもうどこにでも。トイレに入ればトイレに。風呂に入れば風呂に。ほんのちょっと動いただけでも必ずあとについてくる。ちょっとしたストーカーみたいなもんだって」
「いやあ、でも、うちもかなりついてくるよ」
「ドアを閉めていても、開けて入ってくる。たぶんずっとついてまわってるからドアの開け方も覚えてしまうんだろうなあって言ってたな。玄関はさすがに開けられなかったみたいだけどね」
「うちはまだドアは開けないなあ」とぼくは若干悔しさを感じながら相槌をうった。
「まあドアは開けないほうがいいよ」と友人。「でさ、そのおじさんと猫のことはうちの親戚らのあいだでもそれなりに有名で。あまりにもなつきすぎというか、おじさんにべったりなんで、軽く心配されてたんだよ」
「心配って?」
「おじさんが死んだあととか」
「ああ、なるほど」
「ひとり暮らしだったんだよ、おじさん。だからよけいに。しかも、おじさんにはそんな感じだけど、ほかの人には全然ダメだった。人見知りがすごくて」
「おじさんひとすじか。でも、猫はけっこうそうなんじゃないかな」
「かもね」と友人。それから少し間をおいて、「実は半年くらい前のことなんだけど」と言葉を続けた。「心配していたことが起きてしまった」
「心配していたこと?」
「おじさん。発見されたときは、もう手遅れ、というか、もう何日も経っていて」
 ああ……とぼくは吐息のような相槌で応えた。
「ひとり暮らしだったからね。やっぱりそうなってしまうんだよな。で、状況が状況だし、通夜とか葬式とかのあいだも特に誰もなにも言わなかったんだけど、四十九日のときに、ある人がやっと口にしたんだ。そういえば猫は? って。たぶんみんな頭のどこかに引っかかってはいたんだと思う。なんとなく口にする機会がなかっただけで。それでもちろんみんな知っていた。いつもあれだけおじさんにべったりくっついていた猫の姿がどこにもないって。おじさんが発見されたときから一度も見かけてないって。窓とか閉まっていて密室状態だったのに。でも、なんでかな……その答えもなぜだかみんなわかっていたみたいだった。誰かが、あの人によくなついていたからな、と言った。しみじみした様子で。うんうん、と何人もがうなずいたよ」
 いつのまにか、ぼくもコクコクと小さくうなずいていた。ぼくにもわかった。
 仮に、おじさんがきちんと"ドア"を閉めていったとしても問題はなかっただろう。
 おじさんの猫は"ドア"を器用に開けたはずだ。

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