蒼い月の夜に
一
まだ暗いうちから、カイは沖へ沖へと一人、船を漕ぎ出した。蒼い月の光が赤銅色に火照ったカイの背中をそっと包み、水先案内人となって、行く手の波間におぼろな粒子を散らしている。水面をかする風、艫を返す密かな水音だけが、かわるがわる耳をすり抜け、今宵の静寂を告げていった。
ほどなく行くと、海面からにょっきりと突き出た岩影が船尾の向こうに現れた。赤子に乳をやる女の上半身を思わせるその岩は、地元では人魚岩と名付けられている。カイはいく度もその岩を遠目に見ているが、未だに慣れるということがない。毎回ここを通るたび、なぜか女に見られているような気がし、ごく自然に背筋がこわばるのだった。カイは目を凝らし、岩の中ほどに結わえられた注連縄を見た。ぐるりにからみついた海草が紙垂のように垂れ下がり、岩肌に貼り付いている。
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