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PS.ありがとう 6分の3話

PS.ありがとう 
6分の1話
6分の2話
6分の3話
6分の4話
6分の5話
6分の6話(最終話)

「電子レンジは希望されていたんですか?」

「いいえ、私は自転車が欲しかったんですよー」

会場が爆笑に包まれる。ねずみ男も笑っている。

「それが自転車やろー」

会場の誰かが言った言葉でさらに会場が笑いに包まれた。この笑いはきらいではない。もし東京に行って後悔するとしたら、関西のこのノリの良さと直接接することができなくなることだろう。関西も楽しかったなあ。瑤子は勝手に東京行が決まったような気になっていた。

「高級電子レンジですからね、とにかくおめでとうございます。では手続きがありますので、小林さんは裏にどうぞ」

MC二人は早々に美智子さんをステージ端に促した。

その後、ロボット型掃除機、フライパンセットの抽選が行われた。もはや電子レンジが当たらなかった瑤子には残りの家電など興味はなかった。

「ああ、もう1枚抽選券もらっとけばよかったわー、まだ自転車でてないやろ、どうにかならんかなあ」

電子レンジの手続きを終えて帰ってきたばかりの美智子さんは、自転車をまだあきらめきれないようだ。

瑤子が空を見上げる。晴天の空に浮かぶ雲がとてもきれいな白をしていた。あの白い雲のように風に吹かれたらどんなにか心地いいだろう。東京行きがすべてを解き放してくれる。瑤子はいつのまにか現実味のない妄想を描いていた。

「ちょっと、瑤子さんどうしたのぼーっとして、番号見てよ、自転車の番号」

美智子さんの声で我に返る。妄想にふけっている間に自転車の抽選が行われていたようだ。

「なんでしたっけ番号」

「AよAの55895だって、何とか覚えたわ」

Aは記憶にあったが、番号をきいてまさかと思った。5がやたら多かった記憶はある。財布から抽選券を取り出し開く。胸がときめく。

「ちょっとまってーな」

背中越しに覗いていた美智子さんが大声を出した。

「これ、あたりやん、あたりやん、あたり、あたったでー」

さらに美智子さんの声が大きくなった。周辺にいる人が驚いた顔で自分たちのことを見ている。

「はよいけや」

どこかららともなく声が飛んでくる。瑤子は自分でも信じられなかった。もう一度確認する。やっぱり当たってる。

「後で電子レンジと交換しよな」

美智子さんがそう言って瑤子の背中を押した。

「晴香、ごめん美羽のこと見といてね」

「みうも行く」

同時に美羽が口を開いた。

「美羽、お願いだからお姉ちゃんたちとここでまっといてくれるかな」

瑤子が腰をかがめて美羽に視線を合わせる。

「いや、みうもママと行くの」

子供のこんな姿に胸が締め付けられるのは自分だけではないだろう。幼児だ、一緒に上がっても許してもらえるだろう。

「わかった、じゃあ美羽もおいで、晴香はごめんけどここでまっといてね」

「いいから、早くママいってきて」

知らない間に晴香がずいぶん大きくなった気がした。

「自転車のあたりの人いませんかー」

なかなか当選者が現れない状況にMCが声を上げた。

「ここにおるでー」

後ろのおじさんが大声をだした。瑤子と晴香が顔を見合わせて笑った。

瑤子が美羽の手をとって急ぎ足でステージに向かう。

「はーい私でーす」

ステージに上がるとさっそくMCが話しかけてきた。

「お名前は?」

「宮口です」

「宮口さん、いいお名前で、自転車は希望されていましたか?」

「いいえ、ぜんぜん」

その言葉で会場が笑いにつつまれる。

「あれー、お子さんですか?かわいいねー、名前は?」

「みやぐちみうです」

親が見ていてもかわいい瞬間だった。ちゃんと言えたね、と後で褒めてあげよう。

「みうちゃんね、何歳?」

「5歳」

答えると同時に美羽は開いた手を差し出した。

「かわいいー」

会場から声が上がる。ヤジも称賛の声も今は心地よい。

「みうちゃん何か言いたいことある?」

MCの女性がしゃがんでマイクを美羽の口に近付けた。

「あのね、あんたのちょめちょめ見てみたい」

屈託もなく美羽が言葉を発した。一瞬会場が静かになったが、しばらくすると会場がドカンと爆発したような笑いにつつまれた。

「ちょっと美羽、恥ずかしいからやめて」

瑤子があわててしゃがみ、美羽の肩に手をかけた。

「だって、さっきこの人が言ってたよ」

美羽がMCのねずみ男を指さした。あわてて女性MCが間に入る。

「ほら、佐藤さん、こういう子もいるんだから、冗談でもああいうのは駄目ってことですよ」

瑤子がレイナちゃんママに呼び出された間にそんな会話があったのだろう。会場が笑い一つになっている。いい光景だが、瑤子は美羽の発言が恥ずかしくて同調できずにいた。これが関西での最後の思い出になるかと思うと、さらに胸が締め付けられた。これを最後にはしたくない。

「お嬢ちゃんごめんね、おじさんが変なこと言って」

ねずみ男が、笑いながら美羽に話しかける。

「お嬢ちゃんじゃないもん、みうだもん」

美羽の反抗にさらに会場が笑いに包まれる。会場から、“謝れー”と言う声と同時に、“やるね、みうちゃん”という声も聞こえてくる。しまいには「美羽、美羽、美羽」という声援まで起きてしまった。

「どうですか?この気分は?」

女性MCが気を使ったのか美羽にマイクを向けた。

「あんたのちょめちょめ見てみたい」

更に会場が爆発した。


帰宅して子供たちをふろに入れて食事をした。子供たちは疲れていたようでいつもより早く静かになった。子供たちの寝息だけが寝室の空気を揺らしている。美羽が腕を伸ばして寝入っている。

呼吸に合わせて上下する掛け布団が心を和ませる。ずっと見ていたいと思える光景だ。

子供たちが寝静まってからが瑤子の時間だ。瑤子はリビングのテーブルでパソコンを立ち上げ、いつも見る不動産サイトを立ち上げた。

体中に疲労が張り付いている。気持ちも衰弱している。少しでも気を抜くとこのまま空気に吸い込まれてしまうだろう。だが、寝る気にはならない。

どうしても東京行きが頭をもたげる。そろそろ結論を出さなければ間に合わなくなるかもしれない。

抽選会では奇跡的に電子レンジを手に入れることができた。美智子さんが当てた電子レンジを自分が当てた自転車と交換してくれたからだ。双方のメリットが合致した。

東京に行けないのなら高い電子レンジでも買って、空白の気持ちの埋め合わせをしようと思っていた。東京行きとの交換条件だ。電子レンジが手に入った時点で東京行きを諦める、そう思っていた、ついさっきまで。今は違う、せっかく手に入れた電子レンジだ、東京まで同行願おうと思っている。新生活を始める自分への手土産だ。

祐輔に承諾を得たわけでもないのに心の中は東京に行けた気でいる。

ノートパソコンのモニターの上から視線を伸ばす。出窓の棚に書物が数冊積み上げられている。電子レンジのカタログが見えた。瑤子は立ち上がり窓際まで行くと、積み重なっていた雑誌とカタログを両手で抱え上げてテーブルに広げた。

カタログの表紙でスタイリッシュな電子レンジが主張する。カタログと雑誌の間から便せんがすべるように出てきた。手に取る。

便せんを見て少し優しい気持ちになった。

「今度は誰に手紙を出そうか」
便せんは封筒とセットになっていて、薄いビニール袋に入れたままだ。

“不思議と願いが叶う便せん。あなたの感謝を誰かに送ってみよう。きっとあなたの夢が現実になるでしょう”

便せんの表紙にはそんな言葉が躍っていた。

「願いが叶う便せんかあ、いいね」

便せんを手に取って眺める。便せんの下から“マイスタイル”という雑誌が顔を出した。

雑誌には不動産や洋服、仕事など、人生には欠かせない情報が詰め込まれている。

パソコンで見ているのはマイスタイルのサイトだ。東京の不動産会社とのコラボで、今は不動産を紹介している。

マイページにメッセージが届いた。クリックする。

「お問い合わせいただいておりました物件に空きができました。今なら敷金礼金ゼロで承れます」

貸主の笑顔の写真が安心感を与える。物件情報だけでは多少不安だ。こうやって貸主の写真や言葉が聞けるのは大きい。

瑤子は思わずガッツポーズを作る。

「やりー」

思わず声に出た。

東京の不動産を色々探して見たが、2LDK の間取りに窓付きキッチンはそうはない。しかしこの物件にはそれがあった。ベランダも理想の広さには程遠いが、他の物件よりは広めのところが気に入っている。

この物件こそが理想に近いと思ったが、人気物件で申し込みが多いのでキャンセル待ちになっていた。そううまくは事は運ばない、そう思っていたところでそれがキャンセルになった。

べランダの広さは東京という立地を考えると、この広さが妥当だろう。最寄り駅は光が丘だ。光が丘には一度住みたいと思っていた。ショッピングモールが充実しているうえに、少し歩けば巨大な緑の公園がある。

アメリカ軍が在中していたエリアと軍機の離発着をしていた空港を閉鎖して作り上げられた巨大なコミュニティだ。住むには広すぎるくらいのエリアだ。その上に祐輔の勤務先がある新宿から電車で30分なら申し分ないだろう。

瑤子はベランダで咲き誇るチューリップとラベンダーを思い浮かべていた。

ついてるなあ、運なのか、それともたまたまなのか。神に感謝、と思った瞬間、便せんのことが頭に浮かんだ。

“不思議と願いがかなう便せん”?“感謝を誰かに?”

感謝か、ふと手紙を書いているシーンが浮かんだ。何を書いたんだっけ、思考を巡らす。“PS.ありがとう”そう書いたことを思い出した。その手紙のお礼に美里ちゃんママが抽選券をくれたのだった。手紙は感謝の気持ちだった。

「まさか」

声に出た。まさか、もう一度声にしてみた。心臓がたかなってくるのがわかった。

“感謝を誰かに”

まさかでしょ、PS.ありがとう、と書いた手紙は2通のはずだ。一人は美里ちゃんママ、もう一人はレイナちゃんママのはずだ。美里ちゃんママからもらった抽選券はレンジに変わった。手紙を書いている前に電子レンジのカタログを見ていたのを覚えていた。

レイナちゃんママに手紙を書いている時は何をしてたっけ。目を閉じて目に見えた残像の後をたどったが、何も出てこなかった。

もし、この便せんが本当に願いをかなえてくれるなら、気に入った物件が空いたことも何か関係があるのかもしれない。

前に進むべきか、果たしてこれが本当の体験なのか。

一度試してみよう。そう思った。
もし本当にこんなことがあるのなら余裕で東京行きは決まりだ。心の中で重しになっていた何かがポロンと体外に出て、急に体が軽くなった気がした。

瑤子はキッチンに行き冷蔵庫から残り物のキャベツを手に取った。これが何の役に立つのだろうか、と自分でも不可思議な行動をしたと思いながらリビングに戻る。

テーブルの上に直にキャベツを置いた。今まで直にキャベツを置いたことはもちろんない。少し下がって眺めてみる。なかなかいい感じだ。

瑤子はペンを持ちキャベツを見ながら便せんに向かった。これが私の脳の残像になる、意味は分からないがそう思った。

“美智子さん今日は楽しかったわ。美智子さんが自転車好きなんて初めて知ったわ。私は電子レンジが欲しかったからちょうどよかった。すごい奇跡やと思わん?
美智子さんの欲しかった自転車と、私が望んでいた電子レンジ。いい思い出やね。これからもよろしくね。“

こんな感じでいいかな。なるべく文章はすっきりおさめたかった。違和感があるとこの願いはかなわない気がした。だから内容もいたって自然になるように書いたつもりだ。

そしてその後に続けた。“PS.ありがとう”

我ながらいい出来だ。美智子さんが笑っている顔が浮かぶ。人に喜んでもらえることがこんなにいいものだと思えたのはいつぶりだろう?いや、人生このかた、思ったことはあったっけ?

便せんを折りながら、クジでもなんでもいいから野菜に恵まれますように、頭の中はキャベツ以外の野菜が顔を出す。野菜も落ち着いて買えない時代になった。最近の値上がり具合がねたましかった。

手紙は明日、晴香に持たせて優里ちゃん経由で美智子さんに渡してもらおう。

この実験が成功の保証をしてくれるような気がした。失敗しても落ち込まないようにしよう。思い込みかもしれないけど試さずにはいられない。

“かけごとは半々の確率だからやらないほうがいいぞ”

昔誰かが言ってたのを思い出した。どっちでもいいさ、そう思ったら少しは気が楽になった。背中に乗っかっていた疲れがすーっと抜けた気がした。

今日もいいよね、最近は勝手に判断するようになった、悪い癖がついてきたのかもしれない。ラップをかけた肉じゃがをテーブルに置いた。寝室に向かいながら、あなたのせいでもあるのよ、と祐輔を呪わずにはいられなかった。

太陽のさわやかな香りをまとったシーツに身を投げると、あっという間に眠りに落ちていた。

「美羽ちゃんママ、ちょっとええ?」

保育園に美羽を迎えに行くとすぐにレイナちゃんママが寄ってきた。いつも以上に深刻な表情に周りが暗くなった気がした。心拍数が上がる。

「ええけど、ちょっと外で話そか」

たぶん祐輔のことだろうから、周りの人に聞かれたくない。

レイナちゃん親子と、美羽、自分の4人で公園まで歩いた。こんな時に子供はいいなと思う。事情を知らない美羽とレイナちゃんは久しぶりに会った友達のようにはしゃいでいる。素直に喜べるのがどんなにいいことか。

これから暗い話をされるのだろうけど、なんとなく心が浮かれるのはどうなんだろう。素直には喜んでいいのだろうか。複雑な気持ちで公園のベンチに腰掛けた。

「砂場とブランコからは遠くに行ったらだめだからね」

「わかってるって、どうせママたちの用事なんだから、遠くにはいかないよ」

5歳なのに最近いっぱしの大人みたいなことを言うようになった。誰の影響なんだろう。

「あのな、美羽ちゃんママ、私聞いたんよ」

レイナちゃんママが靴のかかとで足元の砂に円を描いている。

「何をきいたん?祐輔さんのこと?」

「そう。おとといな、また、この前の女の人とお店に来たんや。祐輔さん。また楽しそうに盛り上がってたで。でもなあ、その日はとても忙しくてな、私もあんまり近くに行けなくてな。でも食後にお皿とかを下げにいったときにな、また会う約束してたんよ、びっくりして皿を落としそうになったけど、なんとか耐えたわ」

レイナちゃんママはかなり深刻そうだが、瑤子の心は少し趣が違ってる。これで東京に行けるかも、絶対しっぽをつかんでやるわ。東京がかなり近くなった。レイナちゃんママには悪いが心の雲が晴れた気がした。最近は夫の失態を見るのが癖になっていた。いやな妻だとは思うがしかたがない、あなたのせいよ。そう言いながら夫の顔を思い出していた。

「そうなん、いつ?わかれば私も行くわ」

「今度の金曜日や、私が働く店で7時に待ち合わせをしてたで」

心が躍る。現場を押さえることで100パーセントこちらのペースになる。

「わかった、私は7時ちょっとすぎていくから、近くの席に案内してくれるかな」

「子供たちはええの?」

「大丈夫、晴香が面倒見てくれるようになったから、その時間やったら大丈夫や」

「あとな、前にも言ったけど絶対別れん方がいいよ、私は旦那と別れてな、本当に後悔しかないからな。これは私が寂しいとかじゃないんよ。2人の都合で片親になってしまった子供達が一番不幸や」

体中から切なさが漂っている。

「わかってるって、この前も言ったやろ。私は東京に行きたいだけ。祐輔さんとは、祐輔さんが例え浮気をしていたとしても別れようとは思わんよ。その分自由にさせてもらうわ」

自分がどういう人間なんだろうと思いながらそんなことを言った。果たして私は耐えられるのだろうか、旦那の不倫現場を見て。もちろんその場で修羅場を演じるつもりはない。

私は東京に行きたいだけだ。夫の不倫を理由に東京行きの承諾を得る。でも行けたとしてどうなるのか。別れるつもりはない。毎日また祐輔とは顔を合わせるのだ。ふと現実を見た気がした。不倫現場を押さえて祐輔が謝罪して反省したとして。祐輔はまたその女に会わないことを信じられるのだろうか。

今まではずっと信じてきた、いや、本当は今も信じているはずだ。祐輔は女と時間を潰すくらいなら仕事をしていたいタイプだと思っている。でも東京には行きたい。何かの間違いかもしれないが不倫であってくれと、心のどこかで思っている。東京に行きたいだけなのか?自分の本当の気持ちはどこにあるのか。

難しいなあ、人生って。そんなことを思った。でも今の気持ちのまま進みたい。東京に行くことが先決だ。それからのことはその後で考えよう。

「みうちゃんママ。大丈夫?」

レイナちゃんママの言葉で我にかえった。

「ああ、ごめんねー大丈夫よ。じゃあ当日はお願いね。うまいこと、私だとわからないようにしてな」

「わかってるわ、まかせとき」

いつもは地味に見えるレイナちゃんママがひまわりのように輝いて見えた。ひまわりは明るい方向だけを見る。大事なことだと思った。

公園から自宅までは歩いて10分くらいだ。美羽の手を引き戸建てが並ぶ住宅街の間を歩いた。もう5月半ばを過ぎたというのに、日陰に入ると風が肌を刺す。忍び寄ってくる夏は思ったより足が遅そうだ。

スーパーで買い物をして自宅に着く。ポストの中の郵便物を抱えて部屋に上がった。テーブルに広げると、一枚宅急便の不在票が入っていた。荷物を確認する。“キタさん農場”?聞いたことがない。祐輔が何かを頼んだのだろうか。珍しいなと思いながら不在票に記載してあるドライバーの携帯に連絡を入れた。

「あーここからだと最後になりそうなので時間かかりますけど、必ず行きますので」

そう言われたのであてにしていなかったが、ものの10分で荷物は届いた。

冷蔵用のケースは思ったより大きかった。送付状にはやはり“キタさん農場”としか記載がない。馬でも買ったか。少し前にはやっていたキタサンブラックを思い出す。何回か馬券も買って当たり馬券の賞金でご飯を食べに行ったことを思い出した。でも今回はその“キタサン“ではないことくらいはわかる。

キタさん農場の住所は北海道だった。心当たりはない。お届け先が祐輔になっているから祐輔が頼んだのだろう。祐輔に連絡をすべきか、少し悩んだが、ブツは冷蔵品だ、先に中に入っているものを確認することにした。

ケースを開けると、ナス、トマト、大根、キャベツなどの野菜がパンパンに詰まっていた。

ありがたいと思いつつ、色々な気持ちが浮かんでは消えていった。

取り急ぎ祐輔に確認しよう。携帯に電話をかけると、ほどなくして祐輔の声が耳に飛び込んできた。

「はいはい、なんでしょう」

いいから、そんな茶番劇みたいなのは、少しイラっと来た。腹が立つと野菜のことがどうでもよくなったが、とりあえず聞いてみることにした。

「祐輔さ、野菜とか通販とかで注文した?」

「いや、そんな暇あるわけないでしょ。ていうか、どこに?」

「そっか、知らないならそれでいいんだけど、でもね祐輔あてにキタさん農場ってとこから野菜が届いてるんのよ、だからわかるかなって思って」

「あー、それならうちの親だよ。知り合いが北海道でその名前の農場やっててさ、野菜が余ったときなんか送ってくれるって言ってたから、たぶんそれだと思うよ」

「あ、そうなん。今日さそこから野菜がきてるから、もし連絡とれるんならお礼言ってもらってもいいかな」

「わかった、今からしとくよ。その農場さキタサンブラックに縁がある農場らしいから、まいいか、そんなことは。あ、それと今日は今から懇親会あるからさ、ご飯はいいから」

「りょーかい、あんまり遅くならないでね」

「はーい」

電話が切れた。どいうつもりなんだろう。どうせ浮気してるんでしょ、頭の中で半分ずつ祐輔の味方と敵がいる。祐輔のことを信じたいという味方と、浮気してるんでしょと言う敵だが、キタサンブラックに縁のある農場と知り合いなら味方になるしかない、そう思った自分に、嘘だろ、と突っ込みを入れた。

PS.ありがとう 6分の4話へつづく

#創作大賞2023

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