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遠望6

「山の家とはどのような建物なんでしょうか?」
残留アメリカ兵は妻と山の中で出会い子供を産み、育てていた。


 越谷が美貴にお茶を注ぐように言って、
「山の家と言ってもちゃんとした家ですよ。初めの頃は掘っ建て小屋みたいなもんでしたが、四十五年ほど前に大工さん達に来てもらって豊富な木材を使って平屋ですけど結構大きな家を作りました。まさに山小屋ですね。発電機と風車で電気もあります。テレビのニュースはよく見ていますよ。アメリカの現状には関心を持っていて、世捨て人ではないんです。日本の番組なので日本語は覚えていきましたがいつの間にか英語は忘れてしまったようです」

「お爺ちゃんは人を傷つけることは絶対に出来なくて、パイロットの後ろの機銃掃射だったけど一度も人は撃たなかったのよ。だからいまだに戦争ばかりやっているアメリカのニュースを見るとため息をついているわ」
 美貴の声が大きかったので母の今日子は美貴の手を優しく叩いた。
 美貴の話しに越谷が補足して、

「アメリカに帰ったパイロットは親友だったそうで、戦争といえども人を殺す事は出来ない。人ではなくその廻りの物や建物を撃って危険を回避したいと話して理解してもらったそうです」

「すいません、私どうしても今お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
 姫野が越谷に話した後、三宅と大筒に頭を下げた。
 越谷は笑みを浮かべて、

「どんなことでも聞いて下さい。あなたには去年ウソをついちゃったからどんなことでも正直に答えますよ。あの後僕ね、結構落ち込んだんですよ。いつまでこのウソをつき続けるんだろうって。こう見えて意外とガラスのハートなんです。なぁ、美貴」

「うん、それは認めるわ。図太いところもあるけどね」
 今日子が今度は強く美貴の手を叩いた。

「ありがとうございます。私がお聞きしたいのはお父様とお母様の出会いです。お話を伺っているとあの山で出会われたと思いますが、どのような形で出会われたのでしょうか?」
 三宅は姫野の質問に強く同意した。家作りも、親友のパイロットとの話しももちろん興味ある話しだが七十年近い出来事は時系列で順番通りに聞いて行きたいと思っていたし、姫野の女性らしいラブロマンスが聞きたいというニュアンスも少し感じて彼女のディレクターとしての成長を見る思いだった。

「戦争が終わって一年後に親友のパイロットが山を下りてアメリカへ帰り、父は一人で生きていました。ある日母は父と喧嘩して、あ、私にとってのお爺さんのことです。父と喧嘩して家を出てあの山に入ったのです。昔気質の古い考えの父と、当時としては進歩的な考えの母は普段から何かと対立していたようです。耐えられなくなった母は山の中で一人で生きて行く決意をしていたところに父と出会ったのです。まぁ、初めは腰を抜かさんばかりに驚いたと言っていましたが父の優しい目と、レディファーストが板についた自然な振る舞いに引かれていったと聞きました。戦争は終わっているのにアメリカへ帰らない父に理由を聞くと、アメリカは常に戦争をビジネスにする国だ。そこへ帰ってもまた次の戦争の協力者にさせられるだけだ。子供の頃から肉親と縁が薄く、施設で生きて来た自分に心落ち着かせる場所は無いしそれ以上にとにかく人を殺すことには加担したくない。だから帰りたくないのだと聞いて、この人を守りたいと思ったそうです」
 姫野は息を詰めて聞いているのか耳が赤くなっていた。淋しい人生を送ることが運命付けられていた二人が出会ったことで、全て変わったことに感動しているのかも知れない。
 美貴が姫野の手を引き優しく撫でるのを見て三宅が、美貴に「ありがとう」と頭を下げて発言した。

「第二次世界大戦末期に敵国同士でありながら殺したくない兵士と、古い考えに縛られたくない若い女性が山の中で出会ったのですね。これは運命としか言えないと思います。何しろ彼は空から降って来たのですからね。宗教家だと神の演出だと思うかも知れませんが、姫野は純粋にこの物語りの偶然性に感動しているようです。国同士の争いに個人の思いが負けないでいると、そこに偶然という力が作用して男女の愛が産まれるのかも知れません。これはひょっとすると戦争を回避する一つの事例になるかもしれませんね」
 越谷も今日子も美貴も、三宅の言葉にうなずき、姫野は目を見開いて聞いていた。
 その様子を見ていた大筒がゆっくりと立ち上がり声を抑えて発言した。

「姫野はですね、僕と同じく瞬時に相手の立場で考える事が出来る才能があるんです。その才能が三宅君にもあれば僕はお前ら一緒になれ、と言いたいのですが三宅が中々にめんどくさいヤツでして」
 大筒の突然の、恋のキューピットしない発言で越谷家と撮影チーム全員が笑いその日の一区切りがついた状況になり撮影を終える事になった。
 三宅がカメラマンと音声と照明スタッフにお茶を御馳走になるように言うと越谷が、

「熱いお茶に変えます。それはもう古いですから、皆さんも淹れたてを飲んで下さい。ずっと立ちっぱなしでしたのに。美貴!」
 父に言われる前に美貴は新しいお茶を淹れていた。
 カメラマンの加藤がいただきますとぐいっと一口で飲み干して、

「美味しい〜。わぁ、このお茶美味しいですね〜。あ、山のお爺さんは日本茶お好きなんですか?」
 加藤の何気ない言葉に帰り支度をしていた群馬放送チームは全員が振り返った。
 美貴が手首で急須を左右に振りながら、

「山のお爺ちゃん、日本茶大好きですよ。それと同じくらいビールとワインが大好き!そうよ!明日、山のお爺ちゃんのとこに行く時にはワインをお土産に持って来てくれたらお爺ちゃん喜んでなんでも話してくれるかも!私たちも聞いた事の無い話しをしてくれるかもしれないから姫野さん、美味しそうなワイン持って来て下さらない?」
 大筒が三宅の肩を叩き、姫野は美貴の手を取って飛び跳ね、

「美貴ちゃん、美味しいワインを持って行くわ。私の大好きなワインを!みんなで飲みましょう。ほんとに美味しいのよ。わぁ、明日は素晴らしい夜になりそうだわ。ありがとう〜」
 越谷家を出て会社に帰る車中、期待した以上の六十九年前の山の中での男女の出会いと、その家族の明るい今を撮影出来て盛り上がっていた。三宅と姫野の関係には誰も触れなかったが、大筒はこのタイミングであの発言した事に後悔している様子でもあった。

遠望7(2月12日)へ続く。1から読みたい方はこちら。



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